Over Line~君と出会うために
 明け方、貴樹は腕にかかる重みで目が覚めた。
まだ眠っている彩の下から、彼女を起こさないようにそっと腕を抜いて、静かにベッドを降りる。昨日のまま散らかされた室内に苦笑して、床に滑り落ちてしまっている便箋を拾い集めてテーブルの上に置いた。
「……言いそびれちゃったなぁ、結局」
 はあ、と溜め息をつく。
 このまま余韻に浸っていたかったが、今日は午前中に取材が入っているはずで、ぐずぐずしている暇はなかった。一度家に帰って着替えて、出直さなければならない。本当だったら、昨日は泊まるつもりなんてなかったのだから。
 彩が目を覚ます前に出て行くのは、気が進まなかった。だからと言って、眠っている彩を起こすというのも、気が引ける。
 貴樹は少し考えて、たった今拾い集めた便箋に、彩に宛てて短い手紙を書いた。
 それから、放り出してあった服のポケットから、彼女にどうしても渡したかったものを取り出して、テーブルの上に置く。
 貴樹がそこに置いたのは、自分のライブのチケットだ。現在回っているツアーの、東京最終公演分のもの。一般で手に入れようとしたら、熾烈なチケット争奪戦が繰り広げられるだろう、プラチナ・チケットになる。
 まだ話すことはできなくても、いつかは彩にライブを見てもらいたいと思っていたから、貴樹は栗原に頼んで彩の分のチケットを確保してもらっていた。だけど、ここに至るまで渡す勇気も話す勇気もなくて、結果として渡すのがぎりぎりになってしまった。
 拙い自分の言葉で話すよりも、実際に目にしてもらった方が話は早い。そのために貴樹が用意した、彩のための席だった。
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