黒猫のアリア
モルペウスは肩を竦めて反論した。
「だって俺、きみの本当の名前聞いてないし」
それは本名を教えろということか。
行きつけの店に向かって歩を進めながら私は二度目のため息を吐いた。
「……メイドとでも呼んでれば」
「それ職業名でしょ? やだよ、名前教えて」
私はもう一度キッとモルペウスを睨んだ。先ほどより殺気を込めて。
「勘違いしないで。私はあんたと友達になったつもりはないわ」
そう言い放つと、モルペウスは口を尖らせ、渋々といった様子で「わかったよ、ごめん」と言った。
「それに私は仕事の最中なのよ。真昼間から男と仲良くおしゃべりしているところをもし奥様に見つかってクビにでもなったらどうしてくれるのよ」
「俺が養ってあげる」
私は往来のひとに気づかれないようにしてモルペウスの腹に肘鉄を食らわせた。
「ごほっ……、愛の鉄拳……」
顔をしかめるモルペウスに気づかないフリで、すました顔のまま歩く。
「そろそろ失せなさい。あんまり調子に乗ってると殴るわよ」
「もう殴ってる……」というモルペウスの呟きは無視。
こつこつと早めに歩く中で、私ははたと思い当たってその場に立ち止まった。
「あんた、自分の仕事は?」
黒猫としての報酬はすべて手放しているのだ。余程の仕事をしているのかと思っていたのだが。