黒猫のアリア



「ちなみに、今日は何を盗って来たの?」

私が問えばモルペウスは嬉しそうに返事をする。


「絵。小さい作品だから運ぶのが楽だったよ」

そう言ってモルペウスは抱えていた布の包みをぱらりと外した。少女の肖像画のようだ。幼さの残る微笑が印象的である。


「知らないなあ。これ価値高いの?」

「高いよ! エリザベス女王の肖像画だよ! しかもすごく有名な画家が描いたんだから!」

「へぇ。誰?」

「え? えーっとだからあのー……、誰だったかな」

「有名」な画家じゃなかったんかい。ふ、と思わず呆れた笑みがこぼれる。自分が盗むもののことくらい調べておくのが定石だろうに。

よいしょ、と声を出して立ち上がる。目元に付けた仮面を確かめてからモルペウスを向きなおした。


「モル、私帰るから」

「えー、まだもうちょっと一緒に居よーよー」

駄々を捏ねて引き止めるが、私の腕を掴んだりはしない。あからさまな好意を見せてはきても、私たちの間にある絶対的な一線を彼が越えることはない。

仲良くおしゃべりをしても、互いの成果を称え合っても、もしも明日お互いのどちらかが捕まれば私たちは知らん顔をするだろう。私たちはそういう渇いた関係なのだ。

私にとって昨日と今日、今日と明日は繋がっていない。一日一日を全力で生きるだけ。今があれば、昨日のことも明日のこともどうでもいい。彼はどうだか知らないが、少なくとも私はそういう風に生きている。


「じゃあね」

モルペウスを振り返って短い別れの挨拶を残し、私は走り出した。
屋根から屋根へ、軽快に飛び跳ねる。闇夜に紛れ音も立てずに仕事をする私たちを、街の人々はこう呼んだ。

黒猫、と。



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