ナギとイザナギ
それにしてもイザナミはなぜ、さぎりをさらったりしたのだろう。
 たしか、さぎりを消すといっていた。消すということはつまり、殺すということだろう。
 そして、さぎりを目障りだとも言っていた。神とは、恨みつらみを抱いたまま、神社という箱庭に封印されているようなもの、とも、一部では言われるらしいから、イザナミももしかしたら、そういった存在なのかもね。
「ナギのその説は正しいようでもあるが、そうでもない」
 イザナギさんが教えてくれた。
「怨念を持ったまま封印された魂もあるにはあるが、すべてがそうではないよ。出雲の大国主が祟るなどといわれてるが、アレは納得して鎮座しているだけだからな。大和は無理やり平定させたのかもしれないが、それでも出雲は、存在している。大国主、やっこさんは心の正しい神なのだよ」
 僕は感心していた、出雲嫌いのはずのイザナギさんが、そこまで大国主を褒めるなんて、意外だったからだ。
「大国主のことは、嫌いではないんだよ。彼の妻の須勢理比売(スセリヒメ)はスサノヲの娘ではあるけれど、大国主はスサノヲの子孫のひとりだ。直属ではない可能性があるからな」
 いや。そういう細かいところは、興味ないんだよね。
「とにかく先を急ぐとしよう。さあ、ここを越えれば根の国、すなわち、黄泉だぞ。本来は生きたまま入ることはできないが、こいつを持っていろ」
 イザナギさんは皮の袋から細身の美しい剣と、しなやかな弓矢を僕と大地に与えてくれた。
「まずその剣は『生太刀(いくたち)』という。弓矢は『生弓矢(いくゆみや)』といって、生命力を込めた祭祀用の道具なのだが、お守り代わりになる」
「あ、ありがとう。これがあれば、黄泉を越えることができるんだね」
「イザナミに勝つには、これらの武器を集める必要があるからな。つまり、賢いナギならわかってるだろうが、イザナミはとっくに死んでいる。現代で言うならば、ゾンビ、というところか。死人は生命の持つ光り輝く力が、苦手なんだよ」
「なるほど」
 僕と大地はイザナギさんのわかりやすい説明に、頷いていた。
「イザナミって、死んでも美人なんだろう」
 大地の空気読めない発言を聞き、イザナギさんは不機嫌そうだった。
「ばか。イザナミは魔物と一緒だよ。あんなの二度と見たくないね」
「見たのか、ナギ。なあ、どんなだった、美人だろ、美人。女神さまだろ、女神はきれいって相場きまってんだからさぁ」
 そんな決まった相場、聞いた覚えすらない。これでまた、イザナギさんの大地への株が下がったんだなぁ。不憫な。
    
   
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