ナギとイザナギ
「何で来たんだ。誰にも見つからずにいたと思ったのに」
 イザナギさんは僕に桃の実を持たせて、櫛を折って灯した炎であたりを照らし、いつもの公園まで導いてくれた。
 この桃は黄泉の国で力が弱まるイザナギさんのお守り「大神津実命(おおかむづみのみこと)」というらしい。舌をかみそうだ。
「決まってるよ。僕はあなたが心配だったんだ」 
「ナギ、おまえ」
 イザナギさんは大げさに驚くことはしなかったけど、意外そうな顔はしていたっけ。
「ありがとう。まさか、心配されると思わなかった」
 といって、にっこり微笑んでいた。
 その笑顔を見たら、僕もなんだかほっとしたよ。
 いつものイザナギさんだ、ってね。
「それにしても、あのイザナミってひと。僕は一生涯、好きになれないな」
「ナギは神経質だからなぁ。一度イヤなものを見ると、二度目はないって性格だろう」
 僕は黙ったままうなずいた。
「ははっ。だろうな」
「あ、そうそう。あの像のことだけど、呪いがどうのいってたよね。どういうことなの」
「それか。まだ種明かしはしたくない」
 といって、そっぽを向いてしまった。
「そんな。ここまで知ってしまったんだ、もう教えてよ」
「だめだ。それとな。さぎりにはこのことを黙っておいて欲しい。いいな」
 な、なんだよ、それ。いいかげんにしろと、腹が立ってきた。      
「いやだね。さぎりに黙ってられるかどうか、僕は約束できないよ」
「ナギ。頼む。もし約束を破れば、そのときは俺がこの手でおまえを手にかけねばならない」
 イザナギさんは腰に佩いた十握剣(とつかのつるぎ)を抜いて、刀身をギラつかせた。
 十握というのは拳が十握りという意味で、昔は身体を使って測定していたため、成人男性の握りこぶし十個分サイズの長さの太刀という意味なのだ。
「言うのをためらったが。俺はあのイザナミを一度はこの現世(うつしよ)に呼ぼうと、黄泉に来たことがあったんだよ。だが、振り返らないと誓った約束を、俺は破って、つい振り返ってしまった。それからだ、あいつとのいさかいが始まったのは。あいつは国民を1日1000人殺すといった。だが俺は、1日500人産むと答えた。それがさっきおまえの聞いた一部始終のすべてだよ」 
「そ、そういうわけだったの。でも、イザナギさん」
「約束を守ってくれ。さあ。守ると言え、ナギッ」
 剣を大きく振るったイザナギさんの表情は、あきらかに悲しみを帯びてもいた。
 それはきっと、自分がしたことへの後悔と、僕が従わない苛立ちに対して、だったのだと。
「わ、わかった。さぎりには言わないでおくよ」
 イザナギさんは僕の答えを聞いて、剣を鞘におさめ、それから背を向け、光の見える出口まで歩き出した。 
    
   
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