月宮天子―がっくうてんし―
だからと言う訳じゃないが、この男を見ていると訳もなくイライラする。


「まあ、とにかくね。身分証明書を出して。あんたの身元を確認するから。ここに、名前と住所、電話番号ね。あと本籍地……一応、身元保証人に連絡してもらうから」

「は、はあ」


男はわかったのかわからないのか、一応名前を書き始める。

愛子は、何気にその手元をジッと見ていた。すると、


『瀬戸内海』


「オイッ! ふざけるんじゃないぞ。ちゃんと名前を書かないか!」

「これが名前なんで」

「そんなこと」


警官の言葉を横から奪い、愛子が叫んだ。


「せとないかい? ふざけてんじゃないわよ! どこに、そんな素っ頓狂な名前をつける親がいるのよ!」


その男は少し寂しそうな顔をしてフッと微笑み、


「せとうち……せとうち・かい、と読むんです。名前を付けてくれたのは親じゃなくて、多分、二十三年前の市長さんだか知事さんだか……」

「市長? それってどういうこと?」


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