月宮天子―がっくうてんし―
「ねぇ、わかりやすく言ってよ。強いの? 弱いの? 今、痴漢とか変質者とかに襲われたら、やっつける自信ある?」


「戦ったことがないからね、わからないよ。喧嘩なんてしたことないし、人を殴ったことなんかないなぁ」


愛子は開いた口が塞がらない。父はなんのためにこの男を寄越したのだろう? 

そんな風に思えば、見れば見るほどムカついて来る。

海は百円ショップで売ってそうな無地のTシャツを着て、九八〇円くらいのジーンズを穿いていた。しかも、膝の辺りが擦り切れていて、おしゃれというよりただただ貧乏くさい。

おまけに持っているボストンバッグはアチコチ破れていて……昼間だったら絶対に並んで歩きたくないスタイルの男だ。


「ついて来ないで!」

「え? あの」

「そうよ。明日来る予定だったんでしょ? 迷惑なの。明日にしてよ。いいわね!」

「イヤ、でも……」


しつこく食い下がる。「男だったら野宿くらいしなさいよ!」と、愛子が叫ぼうとしたとき、


「家まで送るよ、心配だから。もし君になんかあったら、俺は教授に申し開きができないし」


愛子はビックリした。

そんな風に言われるとは思ってもみなかったからだ。だが、ここでいきなり素直になれるはずもない。


「結構です。もう、あとちょっとですから。それより、自分の泊まる所を心配したほうがいいんじゃないですか?」


そう言いながら、愛子は自分でも意地が悪いと思った。


「いや、俺はどこでも寝られるから。丈夫なだけがとりえだし。心配してくれてありがとう」


(心配なんかじゃないのに……馬鹿なんじゃないの?)


海は屈託のない笑顔で返してきて、それが愛子には妙に眩しい。


「そう……じゃ。あの角、北案寺のほうに曲がったらすぐだから」


愛子は海に背を向け、そのまま一度も振り向かずに、走り去った。


< 16 / 175 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop