月宮天子―がっくうてんし―
唸り声を上げ、二本足の狼もどきは海に飛び掛る。海は右、左、とかわし続けていたがピタッと止まった。

海の足元にあるのは、愛子も知っている『ボール状の何か』。海もその正体に気がついたらしい。踏むことも蹴ることもできず、止まった直後、海は化け物に両腕を掴まれた。長い爪が、海のむき出しの腕に食い込む。

狼もどきは口を大きく開け、海にかぶりつこうとする。

その口腔に見えたのは――人間のものらしき数本の指! 歯の間には黒い糸が絡んでいた。それが毛髪であることは間違いないだろう。海は体を反らせ、化け物の牙から逃れようとする。

必死で足を使って攻撃を仕掛け、そのときだ。海の足刀が化け物にヒットした。それはどうやら腹を狙ったらしいが、届かず、幸か不幸か金的を捉えたのだ。


(へぇ~化け物でも股間が急所なのね!)


愛子が感心したとき、後ろで声が上がった。


「いったい、アレはなんだ……何が起こってるんだ?」


愛子がハッとして振り向く。

そこには、さっきの定年間近の警官が立っていた。彼の後ろにはもうひとりの、駐在所ではずっと黙っていた一番若そうな警官もいる。

その瞬間、愛子は脳裏に焼き付いた『ふたつの目』の持ち主に気が付いたのだ。

あれは、あの駐在所に詰めていた、最初に拳銃を抜き愛子を助けに来てくれた警官の目――。


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