月宮天子―がっくうてんし―
愛子はブルッと頭を振るい、


「お、お巡りさん……アレも、お巡りさんです。お腹が突き出た。変な化け物みたいになってて……ここで、何かを食べてて。多分、お巡りさんを」

「何を言っとるんだ!? わかるように言いなさいっ!」

「だから……わたしにもわかんないんだってばっ!」

「とにかく、本署に連絡……有働(うどう)くん、連絡を頼む。私はコレで、あの化け物を威嚇してみるから」


そう言うと、腰のホルスターに納まった拳銃に手を添えた。そして愛子を怒鳴りつける。


「君は家に戻りなさいっ! 家に入って鍵を掛けるんだっ!」

「でも、あの人が……」

「とにかく君は逃げるんだっ! 有働くん早く」


そう言って振り返った定年警官いや、佐々木(ささき)警部の動きがピタリと止まった。


若い警官の様子がおかしい。

……ウゴッ……ウグッ……ゲフッ……嗚咽でもない、しゃくりを上げているような奇妙な動作を繰り返している。

それに、何かが燃えているのだろうか? 赤い煙が彼の体から立ち昇っていた。

有働と呼ばれる警官は、体をひと際大きく痙攣させると、激しく吐瀉した。

その直後、くぐもった声を発しながら、背中の辺りがモコモコと盛り上がって行く。有働は苦しいのか、両手で顔を覆ったままだ。


「う、どう……巡査?」


目の前で起りつつあるのは、尋常ならざる事態だ。

少しすると朱色の靄が晴れ、佐々木警部の呼びかけに有働巡査が顔を上げたのである。


< 22 / 175 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop