月宮天子―がっくうてんし―
  *** 


「佐々木警部ってヒーローオタだったんだ」

「失礼だよ、愛ちゃん。俺らのことを真剣に心配してくれてるんだから」


愛子もわかってはいるが、どうも海に言われるとムカつく。


「うっさいなー。粗チンのくせに」

「愛ちゃん! 高校生の女の子がそんなこと口にしちゃダメだって」


海は怒っている訳ではなく、本気で愛子を心配する口調だ。


「粗チン、粗チーン、粗チンチーン!」

「あいちゃん、ホントにもう」


その瞬間、海の動きが止まった。


「カイ……どうしたの? 気分悪いの?」

「えっ? ああ、いや大丈夫」


海の様子に不審を覚えつつ、愛子が周囲を見回したとき、ひとりの青年が目に映った。

一八〇センチは軽く超える長身で、凛々しい横顔だ。剣道着のような袴姿がやけに目立つ。当然、刀なんか腰に差してはいないけど、メチャクチャ似合いそうである。まるで時代劇から抜け出てきたみたいだ。

横断歩道を渡りきったとき、愛子は海に顔を寄せて囁いた。


「ねぇねぇ、さっきの人見た? すれ違った着物の人!」


なぜかわからないが海の目が泳ぐ。


「さ、さあ? よくは見なかったけど……何?」

「背高くてカッコよかったよねぇ。カイより十センチくらい高いんじゃない?」

「そ、そんなに、高かったかな」

「うん。なんか腰に刀とか差したら似合いそう。すっごく強そうに見えた。粗チンじゃなさそうだし」

「愛ちゃん……いい加減忘れてください」


ふたりはそのまま振り向かず、駅に向かって歩いたのだった。


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