《爆劇落》✪『バランス✪彼のシャツが私の家に置かれた日』
「な! なんですか」

「俺が送るって決めたんだからさ、絶対に送る」

彼女と正面から向き合って黙り込んでいた。

少しして彼女がつり上げていた目尻を観念したように下げた。

「……じゃ、どうぞ。ご勝手に」

彼女の腕を掴んでいた俺の手を振り払い先に外へ出ていく。


「随分な言い草だな。人が好意で言ってやってるのに」
玄関の鍵をかけ、先にエレベーターホールへ向かう彼女を背後から追いかける。

「言ってやってるとか言わないでもらえます? 頼んでないし、そっちが勝手に送りたいくせに。なんか恩着せがましい」

「送りたい?! まさか! なんで俺があんたを送りたいんだよ。し、仕方なくって言っただろ? 好きで送るとでも思ってんのかよ、なんか厚かましい」

エレベーターホールまで前を向いたままの彼女の後ろから早足で歩いていく。

「だから、いいって言ってますよね? しつこいなぁ」

エレベーターホールについて下へ行くボタンを押す彼女。

「しつこいのは、あんただろ? 人の親切には素直に受ければいいじゃん」

エレベーターがくるサインの明かりが点灯した。
エレベーターが開き彼女と一緒に乗り込む。

下がりだしたエレベーターという密室の中、彼女がポツリと言った。

「……どうも」

「え?」

「聞き返さないでもらえます? 言われてみれば、親切なだけかもしれないし……だから、どうもってお礼言ってみたんですよ。いけませんか?」
強気な口調は変わらないが、何故か赤くなりプイっと横を向く彼女。
気が強いだけで、本来は素直な人かもしれない。

「ああ……そう」

耳まで赤い彼女を見たら、また笑いたくなってきた。笑ったら、また彼女に文句を言われそうで、慌てて手の甲を唇の端に強く当てて笑いたいのをこらえていた。

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