柔き肌に睦言を
3
高校二年の秋、私は都の絵画コンクールに出す作品に悩んでいた。
あの睦美と修二の情事を見て以来、その一部始終が頭から離れず、私のリビドーというかそういったものは、とにかく芸術に昇華したがっていたのだ。
そうするとどうしても描いてしまう。誰かに見られたらとんでもなく恥ずかしいと思いつつも、睦美の一糸纏わぬ姿を、跪き、テーブルの上で手を組んだ祈るような姿を。それも抽象ではなく具象で、さらには写実に。
構想二ヶ月。夏休みに入るとすぐに取りかかった。さすがに学校では描けない。自室で汗だくになりながらせっせと描いた。南向きの窓を開け放して、でもドアはきっちり閉めた。万が一にも家族が様子見に入って来ることを考え、キャンバスを乗せたイーゼルの角度には注意を払った。ドアに鍵が付いていないことを残念に思ったのは、後にも先にもこの時だけだったのではないだろうか。
一筆ひとふで色を載せていく作業にこんなにドキドキするのは、実父の置いていった高校生が使うにしては高価なアクリル絵の具を拝借しているせいばかりではない。もちろんデッサンの段階から、自分で顔が熱くなるのがわかるくらいに興奮してはいた。しかしいま、私が描いた睦美の体に私の思った色を付けるということのなんと幸福なことか。
あの時、睦美の体は白かった。でもその白の中に、確かに血が通っている証の赤または紅や、青または蒼、その他いままでの生活によって付いた色が溢れているのだ。もしあの時の私が少女ではなく成熟した女性であったならば、睦美の白の中にもっと多くの色を感じとれたのかも知れない。逆に感じとれない色もあったのかも知れない。
そうして描き上がったB3サイズに収まった睦美を、私は密かに女神と名付けた。でもこの女神、どうして人の目に触れさせることができようか。これは私のための私だけの女神なのだ。私に無いものばかりを備えた、決して手の届かない憧憬を、やっとの思いで具現化したものなのだ。
絵画コンクール用に別の絵を描かなくてはならないだろう。二学期が始まったら着手しよう。だがいまは、何も考えずに見入っていたい。この四角の内に閉じ込めた麗しい女神に。
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