柔き肌に睦言を
4
教室で睦美はすぐ後ろに座っていたにもかかわらず、私は彼女にこれだけの想いを持ちながら、いや持っていたからこそか、気軽に話しかけることができなかった。
プリントを回す時に少し体を傾けて肩越しに見る。というより盗み見る。そうして指が触れようものなら、その一日中、帰り道自転車をこぎながらも思い出してドキドキする。そんな片思い中の中学生みたいだったので、二学期になって席替えがあると知ったときには、がっかりしたのとほっとしたのと半々だった。
窓際の席というのは人気がある。みんないつだって、空想の世界で自由に羽ばたきたいのだ。それにはやはり窓際がうってつけなのだ。つまらない授業は右から左へ抜け、意識は高く青い空へと吸い込まれていく。あるいはぽっかり浮かぶ雲に絡め取られる。そうして中間テストで散々な点を取り、担任に呼び出されるのだ。私も例外ではなかった。
「新高先生いらっしゃいますか」
「はい。どうぞ、入っていいよ」
数学準備室を訪ねると、クラス担任の新高先生が積まれた本の向こうで手を上げた。私はぐるりと回って先生の机の横に立った。
「東雲さん今回は、どうしたの」
いすを回して、私の顔を見上げる。
「すいません」
私は小さな声で言って、わずかに頭を下げた。謝る言われはなかったが、それくらいしかできなかった。
「今回はどのへんに力を入れたのかな。どれもまんべんなく、良くないようなんだけど」
私が黙っているので、手元の紙に目を落としながら、先生は続ける。
「一学期は世界史がずいぶん良かったじゃない。学年で十位以内に入ってるよ。英語もいいよね、一年の時から」
私はうなだれているが、下を向けば向くほど、先生のさびしくなりかけた頭頂部が目に入った。
「今回は残念ながら赤点もあるので、追試になります。普通ならね。東雲さん」
再び向き直り、
「もっとできると思う。東雲さんはもっと頑張れると思うんだ。頑張りを見せて欲しいんだ」
ずいぶんとこの人、熱いことを言うなと冷めた目で見ながらも、なにかしら頑張りってやつを見せれば追試は免れるということかと期待を込めた憶測をしつつ、私は次の熱い言葉を待った。
< 11 / 21 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop