柔き肌に睦言を
「たいしたものだね」
美術室で森先生が声高にほめた。他の部員はすでに帰ってしまっている。暗い窓ガラスには私と森先生と石膏像が数体映り込んでいる。
「さすが東雲画伯の娘さんだ」
悪気が無いのはわかっているが、ひっかかる。父は画伯と呼ばれるほどのものではない。そう言ってやろうかと思ったが、無愛想に頭を下げるだけで済ませた。
「新高先生言ってただろ、追試免除って。僕もね、東雲さんが本気だして描いてくれて嬉しかったよ。ぜったい、才能はあるんだもんな」
「別に才能なんか、無いですよ」
私は後片付けの手を止めずに答えた。
私は以前から先生というものがあまり好きではなかった。単なる子供っぽい反抗心からくるものだろう。個人的に恨みがあるわけでもなんでもない。上から物を言われるあの感じが嫌だったにすぎないのだろう。
けれどこの森先生はそれ以上に気にくわなかった。
三十代前半、長めの髪に眼鏡。背は私より少し高いくらいだから、175いくかいかないか。ひょろりとした印象。声は高め。それがなぜか、女子部員にちょっとした人気があるのだ。たいして美男子でもないのになぜ。少しやっかみが入っていたのかもしれない。
「また謙遜して。隣に最優秀賞の風景画があったけど、全然見劣りしてなかったよ。にしてもあの絵、すごくリアルだったよね。モデルがいるんじゃないの。何見て描いたの」
「なにも。想像だけです」
「すごい想像力だね。あのさ、東雲さんってお堅いイメージあったんけどな。ほんとは興味あるのかな、ヌードとか」
私は一瞬手を止めた。
「ねえ、もし、興味あるならさ、今度…」
「じゃ、失礼します」
言葉の続きが耳に入らないように、カバンをひっさらうと早足で教室を出た。
あの人が何を言おうとしていたのかなんて考えたくもない。考えたいのは、考えたいのは、睦美のことだけだ。興味があるのはヌードではない、睦美なのだ。
私はおかしいのだろうか。普通この年齢の女子ならば男に興味を持つのだろうか。私は相変わらず放課後の校庭に睦美を見つめながら、悶々としていた。
優秀賞を受賞したことは広めないようにと先生方には配慮してもらった。新高先生は題材が題材だからと苦笑いして了承してくれた。
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