柔き肌に睦言を
一ヶ月程前、十二年ぶりの同窓会に出席したのは、もちろん睦美に会いたかったからだ。
実は二年毎に開かれているらしいこの会には常連になっている者も多く、卒業以来初めて会うといった緊張感を持って臨んでいる者は少数だったのだと後から知る。
その少数派の私が緊張を押し切ってまで睦美に会いたいと思った理由は、
「夢を見たんだ」
「夢、あたしの?」
新宿のホテルの華やかなパーティー会場に、ピンクのワンピースを纏った睦美はよく映える。私は自分の黒いパンツスーツ姿を少しばかり恨めしく思いながらも、睦美が同窓会の常連であった幸運をかみしめた。
「同窓会の案内がたまに届くのは知ってたんだけど、ちゃんと読んだことなかったんだ」
「しのちゃんらしいね。変わってないんだなあ。じゃ今日はあたしに会いに来てくれたんだ」
あの頃と変わらない、明るい笑顔だ。少し痩せただろうか。バストサイズはそのままにウエストのくびれが、Aラインワンピースの上からでもわかる。この上なく魅力的なプロポーションだ。女性目線でも、もちろん男性目線でも。そして絵画的に見ても。
夢に出てきたから睦美に逢いたくなった、というのは本当だ。
美大卒業後、小さな印刷会社に就職した私は、働きながらも絵を描き続けていた。しかし残業もある仕事をしながら絵を描くというのは思いのほか思いのほか、思い通りにならないことが多かった。それでもなんとか描き上げた絵を、コンクールに出したりもした。が、一向にひかりは見えてこなかった。
七年勤めたところで、零細企業は不況の風に煽られて倒産。それを機に私は、私が本当にやりたいことはなんだろうというようなことをぽつりぽつりと考えるようになったのだ。
「私が高二のとき賞を取った絵ね、睦美ちゃんをモデルに描いたんだ」
「あっ睦美ちゃんって呼んでくれた。なんかうれしい」
会場の外はもう薄暗かった。所々で開花し始めた桜の木々が幻想的にライトアップされ、白いロココ調のベンチも浮かび上がっている。その一つに並んで腰掛けている睦美が、頬を染めている。ように見える。その頬は、私のために染めてくれているのか。その潤んだ瞳は、私を見つめたためなのか。その唇は、私のためにあるのだろうか。
「ねえ、その絵って、どんなの?」
「え、あ、今度見せるよ」
「しのちゃんちょっと酔ってる? ぽわーんとした感じ、かわいいよ」
かわいいのは睦美のほうだ。ほんのりとピンク色の頬は、首から下も胸元まで同じ色をしている。さっきからちらついている白い谷間までも、今はピンクだ。
「酔ってないよ。お酒は一滴もだめなんだ」
そう言うと、私は睦美に向き直った。今こそ言おう。そうだ今日はこれを言うためにここへ来たのだ。
「あのね、睦美ちゃんにお願いがあるの。描かせて欲しいんだ。モデルになってくれないかな」
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