隣に座っていいですか?

「いってきます」

桜色した頬の子が
元気に玄関から出て行き

家の前で待っていた友達と合流。

行ってらっしゃい
今日も一日
いっぱい遊んで
いっぱい学べよ。

微笑ましく見ていたら

「バス!バスバス!バス!」

背中から風が走る。

チャコールグレーのスーツを着て彼の登場。

いつも夜型人間なのに
今朝は出版社の社長さんが世代交代となり、新しい社長さんの初出社の日。それのお出迎え。

人数は多い方がいいらしく
例え売れない翻訳家でも
世話になってるならおいでという話。

ただの出迎えなら
行かなくていいのにって思うけど
『小さな事からコツコツと』って逆に怒られてしまった。

でも
こうやって朝の出勤って
普通のサラリーマンみたいで新鮮だな。

「バスに遅れる」

余裕のない大人。

靴を履き
曲がってるネクタイを直してあげる

「ハンカチは?」

「たぶん……ある」

「ティッシュは?」

「きっと……ある」

「財布は?」

「それはある」

大人なので
財布があれば大丈夫でしょう。
財布にお金が入ってるのか不安だけど

小学校の娘より
何気に心配なヤツだ。

「行ってらっしゃいのキスがない」
さりげなく言い
私の唇を奪い
一瞬の驚き顔を楽しんでから端整な顔で微笑む。

これは
彼としかできません。
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