EVER BLUE
腕の中で何かがモゾモゾと動く感覚に、晴人は重い瞼を持ち上げた。
確か、昨夜は聖奈を腕に抱いて眠りに就いたはず。けれど、今自分の腕の中にはスヤスヤと寝息を立てて眠る千彩がいて。結局こうなるか…と思いながらも覚醒しないままその柔らかな体をゆっくりと抱き締め、晴人はその心地好い感触に頬を擦り寄せた。
「んー…」
「ちぃ、龍二は?」
「んー…えっ!?」
慌てて飛び起きる千彩に釣られ、晴人の体までもが揺れ起こされる。思わず「うっ…」と呻いた晴人を台にして、千彩はリビングを見渡した。
「りゅーちゃん!」
「おはようございます、ちーちゃん。ちょうどサンドイッチができたところですよ」
「サンドイッチ!?やったー!」
いつでも無邪気な千彩は、やはり食べ物には弱い。ついさっきまで探していたはずの龍二のことなど、「サンドイッチ」の一言ですっかり頭の中から抜けてしまった。無責任極まりないけれど、三木家はこれで成り立っている。
「セナが作ったん?」
「はい。ちゃんとレンジでゆで卵も作りましたよ」
「すごーい!はるっ!はるっ!」
「あー、はいはい。起きてるって」
バシバシと腕を叩きながら呼ぶ千彩の手を止め、晴人はゆっくりと体を起こす。
「セナ、ありがとうな」
「目が覚めましたか?セナが出来ることしかやってないので、サンドイッチしかできませんでした」
「十分や。ホンマお前はお利口な娘やな」
はしゃぐ千彩の頭をポンポンと撫で、晴人はゆっくりと立ち上がって聖奈を抱き上げた。テーブルの上には、ハムサンドとタマゴサンドが並べられている。小学4年生の娘が、日曜日の朝からこれだけのことをしてくれるのだ。親バカの晴人が喜ばないはずはない。
「愛してるでー、セナ」
ギュッと聖奈を抱き締めてゆらゆらと揺らす晴人は、出会った頃の千彩の姿を娘に重ねていた。
年齢こそ17歳だったけれど、あの当時の千彩はとてもそんな年齢だとは思えないほどに精神的に幼くて。素直に何でも口に出してしまうところや、プリンで全てが解決してしまうところなどは今でも変わっていないのだけれど、母親になってから随分と成長した。元々千彩のそういった幼さを多く残す部分に惹かれていただけに、晴人は聖奈にあの頃の千彩の姿を望んでいた。
けれど、子育てはそんなに上手くいかないのが現実で。
「やめてください」
むぎゅっと押し返され、晴人はあまりの切なさに情けなく眉尻を下げて聖奈を床へと下ろした。
「そうゆうのはちーちゃんにしてください」
「ええやんか、ちょっとくらい」
「はるはちーちゃんのです」
ビシッと聖奈が指さす先には、テーブルに並んだサンドイッチを今にも指を銜えそうなくらいに物欲しげに眺めている千彩がいる。それに「あははー」と苦笑いをすると、晴人はゆっくりと腕を伸ばして強引に千彩を引き寄せた。
「こらー。お前はホンマ食いしん坊やな」
「もー!サンドイッチー!」
「わかった、わーかった。ちゃんと顔洗って着替えてからな?」
「うん!」
その言葉に、千彩はペタペタと足音を立てながら洗面所へ急いだ。それを見送って、晴人は畳の上で眠ったせいで固くなった体を伸ばしながらリビングを見渡す。
「りゅーちゃんならベランダですよ」
「ベランダ?」
「はい。お花にお水をやってもらってます」
三木家のベランダには、千彩が花を育てているプランターがいくつかある。毎朝それに水をやるのは、聖奈の仕事になっていた。
「何か手伝うと言ってくれたので、お任せしました」
「そっか」
短く返事をし、晴人はベランダへと視線を向けた。そこには、小さなじょうろを手にプランターに咲く花に水をやっている龍二の姿がある。加減がわからないのか恐る恐るじょうろを傾ける龍二は、水やりに夢中で晴人の視線には気付いていない。コンコンと晴人が窓ガラスを軽く叩くとピタリと龍二の手が止まり、そして満面の笑みを見せた。
「おはようさん、龍二」
「とーちゃんおはよう!」
大きなサンダルをつっかけて駆け寄る龍二を抱き止め、晴人は目一杯の力で抱き締めてやる。そして、よしよしと頭を撫でた。
「水やってくれたんやな。ありがとう」
「おう!俺も仕事した!」
えへんと胸を張る龍二を抱き上げ、晴人は頬を寄せる。千彩や聖奈に比べれば華奢で抱き心地の悪い体だけれど、愛しいことに変わりはない。
―千彩と同じ
そう思うだけで晴人には愛しむべき対象になる。
あの頃の千彩には、自分は手を差し伸べてやることが出来なかった。けれど、龍二には手を差し伸べてやれる。
だからこそ守るのだ。と、決意を新たに晴人はすっかり陽の昇った空を見上げた。
確か、昨夜は聖奈を腕に抱いて眠りに就いたはず。けれど、今自分の腕の中にはスヤスヤと寝息を立てて眠る千彩がいて。結局こうなるか…と思いながらも覚醒しないままその柔らかな体をゆっくりと抱き締め、晴人はその心地好い感触に頬を擦り寄せた。
「んー…」
「ちぃ、龍二は?」
「んー…えっ!?」
慌てて飛び起きる千彩に釣られ、晴人の体までもが揺れ起こされる。思わず「うっ…」と呻いた晴人を台にして、千彩はリビングを見渡した。
「りゅーちゃん!」
「おはようございます、ちーちゃん。ちょうどサンドイッチができたところですよ」
「サンドイッチ!?やったー!」
いつでも無邪気な千彩は、やはり食べ物には弱い。ついさっきまで探していたはずの龍二のことなど、「サンドイッチ」の一言ですっかり頭の中から抜けてしまった。無責任極まりないけれど、三木家はこれで成り立っている。
「セナが作ったん?」
「はい。ちゃんとレンジでゆで卵も作りましたよ」
「すごーい!はるっ!はるっ!」
「あー、はいはい。起きてるって」
バシバシと腕を叩きながら呼ぶ千彩の手を止め、晴人はゆっくりと体を起こす。
「セナ、ありがとうな」
「目が覚めましたか?セナが出来ることしかやってないので、サンドイッチしかできませんでした」
「十分や。ホンマお前はお利口な娘やな」
はしゃぐ千彩の頭をポンポンと撫で、晴人はゆっくりと立ち上がって聖奈を抱き上げた。テーブルの上には、ハムサンドとタマゴサンドが並べられている。小学4年生の娘が、日曜日の朝からこれだけのことをしてくれるのだ。親バカの晴人が喜ばないはずはない。
「愛してるでー、セナ」
ギュッと聖奈を抱き締めてゆらゆらと揺らす晴人は、出会った頃の千彩の姿を娘に重ねていた。
年齢こそ17歳だったけれど、あの当時の千彩はとてもそんな年齢だとは思えないほどに精神的に幼くて。素直に何でも口に出してしまうところや、プリンで全てが解決してしまうところなどは今でも変わっていないのだけれど、母親になってから随分と成長した。元々千彩のそういった幼さを多く残す部分に惹かれていただけに、晴人は聖奈にあの頃の千彩の姿を望んでいた。
けれど、子育てはそんなに上手くいかないのが現実で。
「やめてください」
むぎゅっと押し返され、晴人はあまりの切なさに情けなく眉尻を下げて聖奈を床へと下ろした。
「そうゆうのはちーちゃんにしてください」
「ええやんか、ちょっとくらい」
「はるはちーちゃんのです」
ビシッと聖奈が指さす先には、テーブルに並んだサンドイッチを今にも指を銜えそうなくらいに物欲しげに眺めている千彩がいる。それに「あははー」と苦笑いをすると、晴人はゆっくりと腕を伸ばして強引に千彩を引き寄せた。
「こらー。お前はホンマ食いしん坊やな」
「もー!サンドイッチー!」
「わかった、わーかった。ちゃんと顔洗って着替えてからな?」
「うん!」
その言葉に、千彩はペタペタと足音を立てながら洗面所へ急いだ。それを見送って、晴人は畳の上で眠ったせいで固くなった体を伸ばしながらリビングを見渡す。
「りゅーちゃんならベランダですよ」
「ベランダ?」
「はい。お花にお水をやってもらってます」
三木家のベランダには、千彩が花を育てているプランターがいくつかある。毎朝それに水をやるのは、聖奈の仕事になっていた。
「何か手伝うと言ってくれたので、お任せしました」
「そっか」
短く返事をし、晴人はベランダへと視線を向けた。そこには、小さなじょうろを手にプランターに咲く花に水をやっている龍二の姿がある。加減がわからないのか恐る恐るじょうろを傾ける龍二は、水やりに夢中で晴人の視線には気付いていない。コンコンと晴人が窓ガラスを軽く叩くとピタリと龍二の手が止まり、そして満面の笑みを見せた。
「おはようさん、龍二」
「とーちゃんおはよう!」
大きなサンダルをつっかけて駆け寄る龍二を抱き止め、晴人は目一杯の力で抱き締めてやる。そして、よしよしと頭を撫でた。
「水やってくれたんやな。ありがとう」
「おう!俺も仕事した!」
えへんと胸を張る龍二を抱き上げ、晴人は頬を寄せる。千彩や聖奈に比べれば華奢で抱き心地の悪い体だけれど、愛しいことに変わりはない。
―千彩と同じ
そう思うだけで晴人には愛しむべき対象になる。
あの頃の千彩には、自分は手を差し伸べてやることが出来なかった。けれど、龍二には手を差し伸べてやれる。
だからこそ守るのだ。と、決意を新たに晴人はすっかり陽の昇った空を見上げた。