ライラックをあなたに…
隣りで甘鯛の刺身を盛り終えた大将が顔を覗き込む。
その言葉にハッと我に返ると、俺は拳を作り、眉間に皺を寄せていた。
「いえ、腹は何とも無いです」
「なら、心配事か?」
「え?」
「………もしかして、寿々ちゃんの事か?」
「ッ?!」
何故、大将に解ってしまったのだろう。
彼女を自宅に泊めている事すら話して無いのに。
俺は苦笑しながら視線を泳がせると……。
「家に帰ってやれ」
「へっ?」
「きっと、今頃、泣いてんじゃねぇのか?」
「…………」
どうして、自宅にいる事がバレたんだ?
しかも、彼女が今、精神的に不安定な事も。
大将の言葉に瞬きすら忘れて息を呑むと、
「こういう商売してたら、嫌でも解るよ」
「…………」
「それに、一颯がこの間連れて来た時、寿々ちゃんを見るお前の顔が全然違ったからな」
「ッ!!」
「だから、早く帰ってやれ。今頃、また変な気を起こすか分からねぇだろ」
全てを見通す大将の優しい眼差し。
彼女が自殺未遂をした事すら気付いていただなんて。
きっと、手首の包帯を見て全てを悟ったに違いない。
だから俺は………。
「大将、すみません!!今日はこれで上がります!」
「おぅ、寿々ちゃんにヨロシクな」
俺はエプロンをロッカーに放り込み、自宅へと急いだ。