ライラックをあなたに…


汗ばむ手でリビングのドアを開けると、ソファの上で寝ている寿々さんが視界に飛び込んで来た。


「無防備過ぎるでしょ」


思わず、声も漏らしたくなるような恰好をしている彼女。


長袖のTシャツにショートパンツ姿。

白くスラリとした華奢な脚が俺の視線を釘付けにした。


しかも、ゴロンと横たわる彼女は完全に警戒心ゼロの状態で眠っている。



俺は溜息まじりにゆっくりと近づくと、彼女の頬には薄らと涙した痕が残っている。

……やっぱり、彼女は泣いていた。


こんな事なら、もっと早くに帰ってくれば良かった。

いや、違うな。

今日はバイトを休むべきだったんだ。



俺がバイトでお世話になっている居酒屋『源ちゃん』は、店休日が火曜日。


その前日は混む事も多いけど、今日は意外にも空いていた。

恐らく、月末前だからだろう。


駅から程近い事もあり、会社帰りのサラリーマンやOLが足繁く通う馴染みの店。

大将も女将さんも、疲れて帰宅する会社員を息子や娘のように可愛がり、お客さんからは『お父さん・お母さん』と呼ばれる事もしょっちゅう。


そんなアットホームな感じのあの店は、町内でも人気の居酒屋だ。


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