抹茶モンブラン
「いえ、おかしいとかは思いませんけど」

「……僕の傍で仕事するのが嫌になったんなら、また事務の方に戻ってもらってもいいよ」

 自分のコーヒーを飲みきって、そのカップを手すりのあるコンクリートの上に置いて 彼は振り返って私を見た。
 その瞳は、仕事をしている時の鋭いものじゃなくて、弱りきった子犬みたいだった。

 思わずその表情に心が揺れる自分がいて、戸惑う。

 仕事で死にそうなほど追い詰められている彼の苦悩。
 この本心を誰にも言えなくて、きっとずっとつらい状態を一人で乗り越えてきたんだろう。
 色気漂ういい男なのに、女性の噂が立たないほど仕事に追われている。
 こうやって私と過ごしている時間だって、本当は彼にとっては相当貴重なものなのに違いない。

「同情してる?僕に……」

 黙っている私に、彼はそう聞いてきた。
 慌てて首を横に振る。

「いえ。ただ、私と似てるなって思って……堤さんの目。私が毎日鏡で見る自分の目にそっくりなんですよ」

 そう、私も毎日弱りきった子犬みたいな目をしている。
 誰かに拾ってもらわなかったら、明日にでも死んでしまいそうなほどつらい状態なのに、その心を伝える手段が無くて。

 ストレスの吐き出し口が分からなくて、毎日迷路を歩いているみたいな感覚だ。

 この気持ちが堤さんと同じだとは思わないけど、少なくとも日々追い詰められた状態なのは一緒みたいだ。
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