【B】星のない夜 ~戻らない恋~


翌朝からいつものように心【しずか】の自宅へと向かう。

ベッドで微睡続ける心【しずか】。

「おはよう。
 紀天、ママは?ママのところ行こうか?」


そう言って抱きしめた紀天を抱いて、
そのまま私は心【しずか】の部屋へと向かった。



三人で暫く過ごして、紀天を睦樹さんに預けた後は
この間の続きのシーンをとる。


成人の日を迎えた紀天へのメッセージがすでに
撮影されている。


「咲空良、次は紀天に彼女が出来た時。
 後は紀天が結婚するとき」


心【しずか】はそう言うと、
ベッドの上でにっこりとカメラに向かって微笑む。


「じゃあ、カメラ回すよ。
 紀天に彼女が出来た時から」



そう言ってカメラを回しながら合図を出す。



すると心【しずか】は紙に書きとめていた文章を、
自分の言葉でカメラに向かって話し始めた。



残された心【しずか】の時間を思うと、
心が苦しくなって涙が溢れそうになる。


その後も、紀天が結婚する日のメッセージ迄録画して
心【しずか】は再び、微睡の中へと誘われていった。



日に日に、起きていられる時間が短くなっている。


そんな心【しずか】の最期の時間が来たのは、
三週間ほどした時だった。



その日もいつもと変わらずに、廣瀬家へと出向く。

ハイハイと、カチャカチャと音を鳴らして紀天を支えながら
歩く玩具を使いながら、嬉しそうに廊下を歩く紀天。


紀天を抱き上げて、心【しずか】の部屋を訪ねると
親友は微睡の中に居た。


「そう……ならお姉ちゃんとお散歩しようか」


その言葉の意味が伝わったのか、
嬉しそうにはしゃぐ紀天。


心【しずか】の様子を見てそのまま睦樹さんに、
紀天を連れて外出する旨許可を貰ってゆっくりと出掛ける。


紀天を抱き上げて、近くの公園までお散歩。


公園の一角にある子供用のブランコに、
紀天と一緒に座って、ゆらゆらと地面に足をつけたまま軽く揺らす。


それだけで紀天は、ご機嫌でキャッキャと声をあげて笑う。




『お母さんでいたい』

何度も何度も紡ぎ続けた心【しずか】。


心【しずか】のメッセージは
結婚式を迎えた紀天へのメッセージで終わってる。


まだ撮影できていないのは、第一子が誕生した紀天へのメッセージ。
すでに自分が、おばあちゃんになった日を描きながらメッセージを考えてた心【しずか】。



だけど……準備されていたメッセージは紙に記されただけで、
映像として、心【しずか】が自分の言葉で話しているものは撮影できなかった。



紀天と公園で過ごす私のの携帯に、睦樹さんの電話番号が着信を告げる。
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