音匣マリア
ガラスや陶器を壁に叩きつけて、それらが砕け散る耳障りな騒音。


続いて男の人の怒鳴り声。


それに対抗するかのような、ヒステリックな女の人が相手を詰る罵詈雑言。


勿論、この部屋からじゃない。


どうやら左隣の部屋から聞こえてくるみたいだ。


左隣の部屋には、1週間ぐらい前にカップルらしい2人が入居してたって蓮が言ってたけど、その人達なのかな?


もしかして痴話喧嘩ってやつ?


そう言えば、私と蓮はそんな喧嘩なんてしたことないなぁ…と、ぼんやり考えていたら、物凄い音が隣から聞こえてきた。



………まるで誰かが殴られたような、ガツッという、そんな音が。


その音は何度も続いた。


続いて女の人の悲鳴が。


ねぇ、これDVなんじゃないの?


女の人、暴力振るわれてるんじゃないの?



怖くなった私は、一先ず蓮に電話しようと携帯を手にして…硬直した。



『まっだ懲りずにやってんのか、テメェはよ!?』

『アンタにカンケー無いじゃんっ!つか、知らないって!』

『何回目だと思ってんだ、ああこら!?』


ゴスッと聞こえる、鈍い音。


『た…叩けばいいとかサイテー。アンタの顔も見たくねーよ!』


やっぱり。女の人、叩かれてるんだ……。






どうして良いか分からなかった私は、急いで蓮に電話をした。


『菜月?どうした?』

「あっ…あのね、今、隣の部屋の人達が喧嘩してて……。女の人が叩かれてるみたいで……」


聞いていて、自分が殴られているかに感じる。

そのくらい、男の人の怒鳴り声は怖くて一人でいるのが心細い。



支離滅裂な私の説明にも蓮はちゃんと耳を傾けてくれていたけど、最後まで話を聞かないで『分かった』と言ってきた。


『隣の奴ら、毎日そういう喧嘩してんだよな……。今日はもういいから、タクシー使って家に帰れよ。警察沙汰なんかになったら、もしかすると菜月が巻き込まれるかも知んねーからさ』

蓮が携帯の向こうからでも分かるぐらいの大きな溜め息をついた。


やだ、警察沙汰!?事情を聞かれたりするかも知れないって事?


「分かった。すぐ帰るけど、ご飯は作れないよ。ごめんね?」

『それは良いから。菜月の無事が一番大事だし。気を付けてな』


私を思ってくれる、蓮の一言が嬉しい。


後片付けを手早く済ませて、玄関に鍵をかけ、急いでマンションを出る。



……この時はまだ、これが嵐の前兆だと言うことには、気づきもしなかった。





蓮が私を思ってくれてる事を信じていれば、私達は、道を間違えないで済んだのかな―――?











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