月陰伝(一)
「あのっ…瀬能さん?」

控えめな声を発したのは、母だった。

「結華の母の妃と言います。
初めまして」

それまで、後ろの方で、目を丸くしながら様子を見ていた母が、おずおずと前に出てきて佐紀に頭を下げた。

「ご挨拶もせず失礼しました」

こちらもしっかりと頭を下げて言った。

「結華さんとお付き合いさせていただいております。
瀬能佐紀と申します」
「あのっ……結華とは…その…」

これは長くなりそうだと思い、船の方を見る。
受け付けは、大分空いて来たようだ。
今回は、潜入捜索と違って、来た事が分かるように目立つ必要がある。
この面子ならば、必然的に目立つだろう。
気配を読めば、予想通りの位置に与一達が居た。
ならば、そろそろ頃合いだ。

「続きは、中に入ってからにしよう。
与一達も準備が出来たみたいだから」
「えっ?
どこどこ?」

美輝が、キョロキョロと周りを見回して与一を探す。
すると、遠くから歩いてくる数人の中に与一を見付けたようだ。

「あっ居たっ」
「美輝、皆も、与一達を間違っても警察だと匂わせないようにしてね。
自然にお願い」

納得するように頷くが、顔が強ばっている。
大丈夫だと微笑めば、今度はなぜか、力は抜けたようだが、余計に固まった。

「?大丈夫?
行くよ?」

まぁ、ガチガチになっているより良いか。

そうして、船へと乗り込んだ。

「ようこそ。
あっ、真白さんの御家族の方ですね」
「はい。
あちらは、神崎さんに無理を行って、知人をお誘いしました」

そう言って、打ち合わせ通り、母が与一達を指す。

「そうでしたか。
ではこちらに皆様、ご署名をお願いします」

神城の名で書いた妃は、受け付けの女性に、再婚したのだと説明している。
そして、私は”瀬能結華”と書いた。
それに対して、娘が結婚したのだと、嬉しそうに母がまた説明していた。
これで印象はバッチリだ。

「それは、おめでとうございます」
「ありがとうございます」

女性が丁寧にお祝いを告げるのに対して、ニッコリ艶やかに、幸せいっぱいの笑顔を振り撒いておいた。

「っ…素敵な娘さんですね…っ」
「っありがとう…」

そう言って、なぜか二人して顔を赤くしていた。

部屋に案内されると、すぐに佐紀が動いた。
全ての部屋をチェックする。
それに気付いて、刹那も入念に部屋を見て回る。

「ねぇ…何を…っ」

訊ねようとする美輝の口をふさぎ、声を落として説明する。

「気にしないで、普通にして。
部屋に盗聴器がないかどうか調べてるの」

そう言うと、コクコクと頷いた。
手を離すと、気持ちを切り替えるように、突然、笑顔で部屋を駆け回った。

「すごぉいっ。
ステキなお部屋ぁっっ。
ねぇ、お母さんっ」
「えぇっ本当に。
寝室はどうなってるのかしらっ」
「こらこら、あまりはしゃぐと危ないぞぉ」
「大丈夫〜っ」
「こっちでお茶が淹れられそうですね。
夏樹くん、手伝ってください」
「ほぉ〜い」

それぞれがスイッチが入ったように自然な会話と行動をし始め、少し驚いた。
一瞬、何をしようとしたのか分からなくなった程だ。
我に返り、 意識を集中する。

「大丈夫のようだ」

佐紀のその言葉に頷き、答える。

「うん。
術の気配もないよ。
少し警戒し過ぎたかな?」
「いや、何かあってからじゃ遅いからな」

皆にも、心配ないと伝え、荷物を適当に置いて椅子に座ると、ノックの音が響いた。


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