月陰伝(一)
こんなにも愛しく思える者に出会えた事を嬉しく思う。
シェリルに出会った時に似た温かい感情。
そんなものを、自分がまた感じられる事に驚いた。
長い月日の中で、揺らがなかった心が揺れた。
衝撃にも似た感覚に、不思議に思ったものだ。
今、目の前で涙を流す娘を、そっと包むように抱き締めたのは、まさに心が大きく揺れたからだ。

「っ……」

驚いたように身動ぎ一つせずに固まった娘は、それだけで愛しさが溢れてくる。

「愛している…結華。
お前が望むのなら、あの家族の元へ戻ってもよい。
人であるお前には、私とは違う時の流れがある。
人は人の中で生きるべきだろう…」

どれ程私が望んでも、結華が嫌だと言えば仕方がない。
人には人にしか分からないことも多い。
今は良くても、いずれ歪みができる。
だからこそ、その前に…。

「私は変わらない。
ずっと想い続けられる。
私だけではない。
サキュリアもだ。
我々は、人の様に容易に想いを変える事ができない。
だが、お前は人だ。
いずれ、あの家族の元へ戻れば良かったと思う時が来るかもしれん。
それならば……」

手を離してやるべきだと思うのだ。
だが、それをしてしまったなら、二度と手に入らない事を知っている。
想い続けられると言う事は、辛いものだ。
そこで、それまで何も言わなかった結華が、口を開いた。

「…っなぜそんな事を言うのですか…?
っ私はっ、嬉しかった…っ。
私はずっと、貴方の娘になりたかったからっ…。
でも、優しくされる度、こんな親にも疎まれた存在である私が、貴方の娘になんて相応しくない…っ…そう思った…っ」

泣きながら結華が吐露する言葉は、何となく感じていた距離の理由。
そんな事を考えていたのかと、ようやく知ることができた事に安堵した。
だから、何も心配する事はないんだと言う想いを込めて、さらにきつく抱き締めた。

「私が望んだのだ。
何を思い悩む事がある。
お前は私の娘だ。
お前以外はいらない。
愛しく想うのも、共に生きたいと思うのも、お前だけだ…」
「っ…ふっ…っ」

幼い子どもの様に抱きついてきた結華に、もう離すものかと思う。
その時、部屋の方から物音が聞こえた。

「?…とぉさま?…ねぇさま?」
「律…起こしてしまったか?」

そこには、幼い息子が、まだ眠そうな眼をこすりながら立っていた。

「?ねぇさまどうしたんですか…?」
「っごめんね、何でもないよ…」
「でも、ないてます…。
とぉさまがなかせたんですか?」

そう詰め寄られ、苦笑する。

「そうだな…私が泣かせてしまった。
今、謝っていたところだ」
「っ…マリュー様っ…」
「結華、ここは屋敷だぞ?」

そうたしなめると、結華は恥ずかしそうに言い直す。

「はい…お父様…」

そう呼ばれる事に喜びが溢れる。
冷えきってしまった結華の肩を抱き寄せ、部屋へと導く。

「律、まだ眠いだろう。
私も眠る。
来なさい」
「はいっ」

三人、ベッドに横になると、律に言った。

「律、結華を好きか?」
「っはいっ。
ぼくだけのねぇさまですっ」
「ふむ。
独り占めか…」
「っ…律…お父様…」

律の小さな体を挟んだ向から、呆れたような声が聞こえたが、あえてそれに答えず、変わらず律に話し掛けた。

「っそうか。
結華は一人しかいないからな。
私とお前で半分にはできんのだが…」

そう言えば、律が飛び起き、笑顔で答えた。

「だったら、ねぇさまをまんなかにすればいいんですっ」
「っ?律…?」


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