月陰伝(一)
佐紀と、結の話をして数日が経った。
結があの母親を、まだ信じているかもしれないと知って、複雑な気持ちだった。
会話も成立しない親子関係だと前から噂は聞いていた。
勘当されたと言っても、もはや別居状態だった結としては、現状がはっきりとしただけだと言うだろう。
だからこそ、冗談みたいに『勘当された』と言ったのだ。
そんな母親を救おうとする、結の心中はどうなのだろう。
つらつらと止めどなく疑問は浮かんでくる。
そして、同時に、俺がもつ力を、兄弟達にどう打ち明けるべきなのだろうかと考えてしまう。
明日は久々の家族と同じ休日。
なかなか日曜日に休みが取れなかったので、家族が揃う家に居るのは、不思議な感じがする。
そんなワクワクとも憂鬱ともつかない想いを感じながらも、深夜に一人、部屋のベッドで、ここ最近ずっと悩み続けている問題に向き合うのだった。
そうして仰向けになり、両手を頭の下で組んで、天井を凝視していれば、目の前に突然、羽根の生えた妖精が現れた。

《もうっ、ウジウジといつまで悩んでるつもりよっ。
イイ年した男が情けないっ》

透明の四枚の羽根をフルフルさせながら、空中に留まり、プリプリと怒る、手のひらサイズの女の子は、誰が見ても妖精だと言うだろう。

「シャル……」

彼女は相棒の”シャルル・リル・ジェシル”。
これが俺の持つ異能。
使い魔の一種だ。

《見ていてイライラするわっ。
紅の姫の方が、よっぽど男らしいわねっ》

シャルルの言う”紅の姫”とは、結の事だ。
俺に出会うまでの間、シャルルを”管理”していたのが結だったらしい。
更に言えば、シャルルがそう言うモノだと見出したのも結だったようだ。
そのお陰で、シャルルは、結が大好きだ。

《わたしを見せれば一発じゃない。
魔を宿す覚悟はとっくにしてるのに、本当に刹那は優柔不断ねっ》
「……シャル…相変わらず、俺を主人として認めてないな…」
《バカね。
認めなきゃ、契約できないじゃない》
「なら、もう少し優しく言ってくれよ…」
《まぁっ、わたしの主人に相応しくする為に、日々努力してるんじゃないっ。
もっと自覚しなさいなっ》

確かに、力をまだまだ使いこなせていない。
表で内勤についているのは、裏で戦力になるには、未熟だと言うことだ。
たまに現場に駆り出される事はあるが、精々小物を捕まえる程度だ。

《最近、修業もまともにしてないじゃないっ。
それでも”魔導師”?
こんな調子で、次のランクDに上がるのに何十年かかるのかしらっ》
「…わかってるよ…」

このままじゃ駄目だと言うことは百も承知だ。
結や佐紀を支えられる立場になるには、一体、何年かかるのだろう。
重い溜め息を一つ吐くと、ドアをノックする音が聞こえた。


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