キャンディ
非常事態の中の憂鬱と停止
 一年前、世界でミツバチが消えた。その時、僕は町に住んでいて、何不自由なく暮らし、そのことに対して何も感じなかった。でも町の人たちは違った。
「非常事態じゃのぉ」
 町の老人が深刻な表情でいった。
 その時の僕は、何が非常事態なのかわからなかった。その深刻さがわかったのは数ヶ月後だった。大半の食糧が生産できなくなっていた。
「食糧、節約してね」
 母親がそういった。
 どうやらミツバチが僕らの生活にもたらしていたものはより多くのものだったらしい。果樹や農業、そのた微生物や昆虫など、様々な生態系に影響を与えていた。
「ミツバチの花粉交配がないと、作物が育たん」
 老人がいった。
 ミツバチを求めて、町を去っていったものたちが後を立たなかった。僕の両親もその中に含まれていた。
「お前はいかないのか?」
 父親は強い眼差しを僕に向けた。
「ここで待ってるよ」
 この町にいればなにかしら起るのではないか、という予感めいたものが僕にはあった。
「必ず戻ってくるから」
 だが、両親は一年経った今も戻っていない。
 気づけば僕一人が町に存在していた。他の人たちは故郷を捨て、別の土地に移ったようだ。でも、どこの土地もミツバチがいなくなったのなら同じような結果だと、僕は思った。
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