祈りの月
 それでも、カイが残った理由。 それは、家族のように逃げるように――いや、実際、逃げたのだが――ティルシアを後にしたくはなかった。

 だから一人で意地を張って残ったのだ。今、考えればその当時子供だったが、別に家族がいないからといって、寂しがるほど子供ではないのだと思い込んでいた。

 もっとも、父親とは、同じ星にいる時ですら会いたいとすら思わなかったが。
 
 けれど。

 地球へ帰還するということは、カイにとっては、逃げると同義に思えた。

 逃げたくなかった。

 父のようには。

 妹や、母のようには。

(俺は――あの人とは違うんだ・・・・・・!)

 地球への帰還は、海を・・・ティルシアの『原始の海』を見捨てることだ。

 きっと、そうなる・・・・・・。
 
「・・・・・・海を見るの、好きなの?」

「え?」

 ふいに背後から声がかかり、自分の考えに沈みこんでいたカイは我に返った。

 振り返ると、17、8才くらいの、長い黒髪の少女がいた。さらりとした感じの、白いワンピースを海風に揺らしながら、カイを見つめていた。

 大きくぱっちりした黒目が印象的だ。

「こんばんは」

 少女はにこりと人懐こい笑みを浮かべた。

「となり、座っても?」

「・・・・・・」

 カイが戸惑って答えないうちに、少女は彼の隣に膝を抱えて座り込んだ。

< 10 / 67 >

この作品をシェア

pagetop