紙ヒコーキが飛んだ
拾ったヒコーキ
 一月の冷たい風が吹いた。マフラーを強めに首元に巻き、早紀は家路へ急いだ。新卒で入社し今年で六年目。入社した当初は営業職だったが、成績がふるわず適正がなかったのかクレーム処理に回された。営業としての適正がないのに、クレーム処理などできるのだろうか?と訝ったが、なんてことはなかった。所定のマニュアルがあり電話での対応だった。スーツを綺麗に着こなし、朝から夜までバリバリと働く。そんな幻想を抱いていたが、思いのほか社会の壁は熱かった。それでいて今は私服勤務。
〝私なんてこの程度〟そんな言葉が早紀の脳裏にテロップとして流れる。
 気づけば下を向いて歩いていた。道には小石があり、それをハイヒールで蹴った。勢いよく転がり、その勢いでハイヒールの踵が折れた。思わず、もお、とため息が漏れる。その怒りの矛先をどこに向けていいかわからず、うずくまりハイヒールの踵の部分を繋ぎ合わせようとする。当たり前だが、うまくはいなかった。人生もうまくはいかない。
 早紀は空を見上げた。まん丸い齧りたくなるような月が辺りを照らしていた。そして今起きた一連の流れに涙が出そうになった。そんな感慨にふけっていると一陣の風が吹いた。彼女は目を瞑り、再び開いた。すると、ゆらゆらと何かが弧を描くように飛んでいた。闇に映える白いものだ。
〝紙ヒコーキ?〟そう思うのは必然だったのかもしれない。早紀の視力は現代では珍しく2.0なのだから。
 しばしその光景を眺め、目で追い、首に巻いたマフターを、早紀は少し緩めた。紙ヒコーキにしては長めの飛行だった。普通、紙ヒコーキというのは、上から下へあっという間に落ちる。が、この紙ヒコーキはなにかの意志を持っているみたいに、旋回し、そして早紀の足元に辿り着いた。
 早紀は紙ヒコーキを手にとった。折り目がきっちりとつけられ、アイロン掛けした後のYシャツのようだった。
〝綺麗で折り目がつけられ皺がない〟
 こんな紙ヒコーキははじめてだ。
 早紀はあらゆる角度から紙ヒコーキを眺めた。作り方は知っているが、どういう経緯で紙ヒコーキが作られたのか、早紀は気になった。なので、折り目をやさしく、丹念に、慎重に戻していく。
 すると、どうだろう。そこには丁寧な文字で、
『あなたを必要としてくれる人がいます。それに、下ばかり向いていたら虹は見えません』
 と書かれていた。
 私を必要?どうだか、早紀は皮肉を込めて鼻で笑った。
 どこからか紙ヒコーキが飛んできたか、早紀は気になった。ぐるぐると辺りを見回し、一軒の家に灯りが点いていた。そこの二階に男の人影があった。早紀に気づいたらしく、男は律儀にもお辞儀をした。それは好感のもてる洗練された所作だった。
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