籠の中
 しばし沈黙が流れた。そこには時間という概念が存在しない不思議でいて、奇妙な沈黙が存在していた。その沈黙空間に注射器で時間を注入するように彼女が、
「こんな時は、モーツァルトの『レクイエム』を聴きたいわ」
「レクイエム?」
「あら、聴いたことないの」
 それは恥ずべき行為よ、と言わんばかりの口調だった。
「聴いたことないだけに気になる」
「その曲は未完なの。だからこそ魂を奮い立たせる」
 彼女は、頭の中で曲を再生しているようだった。その証拠に目を瞑った。
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