車内恋愛
車内恋愛

社用車に乗ると、3つ下の後輩がいつもこんなことを尋ねてくる。

「まだ結婚しないんですか?」

「なんでそんなこと聞くのよ」

「付き合って長いんでしょう?」

どいつもこいつも、長く付き合っている彼氏がいるというだけで、結婚結婚とまくしたてる。

私と彼氏がどんな状況か知りもしないくせに、無責任に結婚なんて言葉を出さないでほしい。

「だからなんだって言うの」

「そんな話にならないんですか?」

「なってたらこんな会社さっさと寿退社して、のんびりパートでもしながら主婦やるっつーの」

同じような会話を、もう何度したことか。

付き合って10年になる彼氏との関係は、もう何年も前から冷えきっている。

付き合いが長くなりすぎて、互いにどう別れていいかわからないまま、ズルズル付き合っている状態。

だけど、もはや私の一部でもある彼を失うことは怖い。

そんな中、私はハンドルを握っているこの男に恋をした。

彼氏がいるのにこんな気持ちになるなんて。

初めは罪悪感があったけれど、恋心が勝った。

だけど長く付き合いすぎた彼氏に、

「好きな人ができたから別れて」

と言うタイミングが掴めない。

……否。

言う勇気が出ないのだ。

だから私は、バカみたいに待っている。

この男が、私に迫るのを。

ああ、今日迫ってくれたら、明日にでも別れを切り出せるのに。

そんな妄想が現実になるわけもなく、生意気な彼は私の気持ちを踏みにじるように言う。

「じゃあさっさと寿退社しちゃってくださいよ。主任のポスト、俺にください」

彼だって私のことが好きなくせに。

「イヤよ。ポストは自分で勝ち取りなさい」

彼への気持ちを言葉にはしない。

視線だけで訴える。

彼だって、私への気持ちを口には出さない。

視線だけで訴えてくる。

見つめる角度、時間、逸らすタイミング。

車内だけで行われるささやかな駆け引きで互いを探り合う。

私が彼に迫られるのを待っているのと同じように、彼は私が別れるのを待っている。

ああ、今日別れてくれたら、明日にでも迫ることができるのに、と。

互いの妄想は一致しているのに、それを実現できないのは、紛れもなく、煮え切らない私自身のせいなのだ。

だけどもし、私が「別れた」と嘘をついたら……。

頭をよぎるタブー。

私は今日もまた、彼氏を失わずに彼を手に入れることができる現実と戦うのだった。



fin.

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