俺様と闘う私『一部・完』
 そんな私達母娘を余所に、志貴は続けた。



 「それを聞いて、俺の中で何かが崩れました。クライアントとの接し方も、仕事に対する意識も。人と接して仕事をする上で大事なことも。忘れていた何かが思い出される気がしました。
 俺は今まで、自分の思うようにしかやってなかったと。相手の気持ちは二の次で、良いと思うことばかりを押しつけて勝手にやっていたと。それこそ笑いかけることも、相手の表情も見ることなく。
 恥ずかしかった。自分よりずっと若い彼女が当り前に大事なことを、普通にやってのけていたことに」



 そう言って、カップを持ち上げると初めてコクリと飲んだ。


 形の綺麗な唇にカップの縁が触れる。


 それがやけに艶めかしくて、私は頬が火照った。


 ―――って、私変態みたいじゃない!? 


  もぉーやだやだ!!



  志貴と居たら、おかしくなる……




 コトリとカップを置くと、志貴はまた続きを語り始めた。
 



 「心底自分に反省して、貰った商品を飲むと元気になった。彼女は凄いなって本当に思ったんです。
 それから俺は仕事への姿勢を入れ替えて、相手との信頼関係を第一に築くことを考えられるようになりました。そうしたらスムーズに進むようになったんです。そんな風に……僕の目を覚ませてくれた彼女に、理香に。俺に、いや、私に出来ることがあったら、したいんです」



 ギュッとカップの取っ手を握りこむと、手を膝上に乗せて志貴は頭を下げた。



 「ちょちょっ、志貴!?」



 慌てる私。



 だけど、志貴は頭を上げる様子もない。


 母はいつにない母の顔で



 「渡辺さん。顔を上げて下さいな」



 優しく声をかけた。
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