ウェスターフィールド子爵の憂鬱な聖夜
彼は何とか平静な声を出そうと、歯を食いしばった。
おろおろし始めた夫人の横から、メアリーが信じられない、と言うように声を上げる。
「どうしてそんなにあの人のことばかり気になさるんです? たかが元ガヴァネスじゃないの。彼女がどうしようと好きにさせて、放っておけばいいのよ」
「『たかが元ガヴァネス』?」
子爵がふいに、不愉快極まるというように繰り返すと、メアリーに険のある視線を投げた。我慢もそろそろ限界に来ていた。
「それ以上無礼な言葉は控えていただこう、ミス・キングスリー。その『たかがガヴァネス』こそ、わたしの婚約者だ。わたしはロンドンからはるばる、彼女を迎えに来たのです」
その一言でパニックに陥ったキングスリー一家を顧みもせず、子爵はもう用はないとばかりに、そのまま外に出ていった。
御者が慌てて館から駆け戻ってくる。
「シークエンドという村を知っているか? わからなければ、村人に道を聞けばいい。その村の牧師館に向かってくれ、急ぐんだ!」
彼は御者に激しく命じると、すぐさま馬車に乗り込んだ。こうして馬車は再び丘を駆け下りていった。