◇桜ものがたり◇
「感謝などいたしません。
私は、邪(よこしま)な考え方をされる榛様が嫌いでございます」
祐里は、思わず正直な気持ちを口にしていた。
そして、旦那さまの招待客にこのような発言をした自分に驚きながらも、
権力を笠に着る文彌に涙を見せてはならないと、
瞬きをして、しっかりと見返した。
こんなにも早く光祐さまとの別れの日がくるとは、
こころが張り裂けんばかりに哀しかった。
「さすがに桜河家で育っただけあって気丈な女だ。
だが、君は、世話になっている桜河の旦那さんの意向には逆らえないだろう。
桜河電機は、海外進出のために、榛銀行の融資を当てにしているからね。
次に会うときには、僕にそんな口が利けないように、
君の全てを僕のものにしてやるからな」
文彌は、大蛇が鎌首(かまくび)をもたげるように、
高い壁となって立ちはだかり、
弱い立場の祐里を甚振(いたぶ)ることで、
めらめらと燃え上がる激しい恋情を感じていた。
「旦那さまのご意向には従わざるを得ません……
榛様とのお付き合いをお望みでございましたら従います。
でも、私の心は、決して榛様のものにはなりません」
祐里は(立場のことをおっしゃるのでございましたら、
私を妻になどなさらなければよろしゅうございますのに)
と、精一杯の思いを込めて文彌を拒絶する。
文彌は、不敵な笑みを浮かべて、
祐里の前に君臨し、祐里の拒絶をも楽しんでいた。