副社長は溺愛御曹司
「ただいま、戻りました」
ヤマトさんと外出していた濱中さんが、帰社した。
お帰りなさい、と全員が声をかけると、にこりと笑って席に着く。
バッグを置くとすぐに、取引先で交換してきた名刺をスキャナにかけはじめた。
濱中さんは、年下の私が言うのもおかしいけど、飲みこみが早くて、所作が美しくて、万事控えめで、素敵な秘書だ。
ヤマトさんは、こういう人を探してたんだなあと、つい、じいっと眺めてしまった。
派手すぎないけど可憐で、ちょっとあどけない顔立ちが、逆に色気があって、これは、確かにそばに置きたい。
「特に、問題ありませんでした?」
「はい」
濱中さんが、名刺の備考に、相手の特徴などを打ちこみながら、にこっと笑った。
よかった、うまくいってるんだ。
私は、心臓を取り出してなだめてやりたいような、でも純粋に安心もしているような。
複雑な気分だった。
「さみしくなるなあ、神谷ちゃん」
「お世話になりました」
廊下で延大さんと出会った。
そうだ、延大さんこそ、ほとんど役員フロアにしか出入りしない人だから、今後接点がなくなる。
それはやっぱりさみしいなあと思いながら、濱中さんをよろしくお願いします、と頭を下げた。
「もちろん。ヤマトがこれから世話になる子だしね」
ずきん、と胸が痛む。
私にはもう、そんなことで傷つく資格はないっていうのに。
じゃあね~とのんびり去っていく背中を見ながら、ヤマトさんのバカ、と改めて思った。
せっかく、いろいろ吹っ切って、さっぱりと開発に乗りこもうと思ったのに。
ヤマトさんとこんな状態のままじゃ、未練が残っても、仕方ないじゃない。
最近はもう、ヤマトさんの声を聞くのも、怖くて。
せっかくの、楽しかった数ヶ月の思い出が、あの冷たい顔に塗りかわってしまうのが、嫌で。
なるべく、顔を合わせないようにしていた。