副社長は溺愛御曹司
sched.13 すず

懐かしい、私服のヤマトさん。

事業部長時代は、確かにいつも、こんな感じだった。



「今度は、俺の車でどこか行こうね」

「車、お持ちなんですか」



持ってるよー、と気楽な声がする。



「どんなのですか?」

「かっこいいの」



…もう少し詳しく、とお願いすると、シルバーのクーペだと返ってきた。

へえ、そんな、趣味っぽい車に乗るんだ。


お互い、東京と神奈川の境にある会社から、そう遠くないところに住んでいるため、横浜にも都内にも出やすい。

どちらにしようか、と考えて、より関係者に会う確率の低そうな、都内にした。



「実際、横浜って、会うもんね、知りあい」

「私も、暁さんと遭遇したこと、あります」



ファーに縁どられたフードつきのブルゾンに、デニムという恰好のヤマトさんは、もはや同級生か少し先輩くらいにしか見えず。

しきりに手を繋ぎたがる様子も、なんというか、まさかこの人、副社長とかじゃないよね、と思わせるに十分だった。



「さっぱりした甘いものも、ありますよ」

「俺は、これでいいよ。ゆっくり食べて」



指にはさんだ煙草を振ってみせるヤマトさんの前で、私だけ誘惑に正直に従い、デザートを頼んだ。

知ってはいたけど、彼の食の好みは、ものすごく端的で。

高タンパク、低カロリー。

以上だ。


特に身体に気を使っているわけではなく、現役時代にそういう食生活をしていたら、自然と好みもそうなってしまったらしい。

甘いものはたまに食べても、脂っこいものなんかは、徹底的に避ける。

というか、もう舌が受けつけないみたいだ。



「なあ、あとであのビル、寄っていい?」

「そのつもりです」


< 131 / 210 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop