副社長は溺愛御曹司
「モバイルのネット市場の陣取り合戦が始まりそうですね。このあたり、御社はどんな腹づもりでらっしゃる?」
就任挨拶代わりの会食で、自分の隣に坐った、少し年上らしい男性に話しかけられて、言葉に詰まった。
しまった。
そこは、父であるCEOと、社長と、ヤマトで、意見がまったく合わないところで。
外向けにどう答えておくか、すりあわせてくるべきだった。
慎重派の社長は、新しい物好きの他社に参入させておいて、市場が練れたところで、漁夫の利をいただこうという思惑で。
CEOは、じっくり企画を練って、この会社ならではのサービスもしくはソフトを、満を持して出したいという考えで。
ヤマトは、失敗してもいいから、とにかく小規模で数を打って、何が当たるのかを模索するべきだという意見だった。
業績もいい今のうちに、ごく少人数のプロジェクトをいくつか立ちあげて、トライアンドエラーさせるのだ。
その中から、のちに柱となるコンテンツのヒントが見えてくるだろう。
だけど、こんな場で、役員内のコンセンサスもとれていない、個人の意見を語ったって厄介のもとだし、そもそもそんな立場にない。
経営責任者は父で、さらに具体的な事業の方向性における決定権を有するのは、社長だ。
だけど、聞く耳を持つ杉田社長は、今現在の考えに固執することはあるまい。
そうすると、どう返答したらいいのか、さっぱりわからなくなってしまった。
「出遅れる気は、ないですよ」
無難に、だけど弱腰とも受けとられないよう、とりあえず返すと。
今日会ったばかりのため、まだ顔にぼんやりと霧がかかっているような印象の男性は、少し白けたように、そうですか、と言った。
「別に、なんの問題もない答えだろ」
「『なんの問題もない』って、全然いいことじゃないだろ」
店内を覆い尽くすような重低音に、耳は麻痺したようになりつつも、不思議と互いの声は聞きとれる。
カウチ席のテーブルにひじをついて、顔を覆いながら、昼間の失態を情けなく思い返した。