副社長は溺愛御曹司
正面ロビーの片隅にある、パーテーションで細かく仕切られた商談ブースで、ヤマトはきょとんと木戸を見た。

手放す?



「まあ、言葉はなんでもいいですが。最近、いい具合に二人三脚されてたんで。こんなに彼女の異動を後押しするとは、意外で」

「ああ、いや、ううん」



誰も見ていないのをいいことに、椅子に斜めにかけて脚を組み、だらしなくほおづえをついていたヤマトは、ぼんやりと答える。

そっか。

神谷が、希望どおりに開発に行くってことは、自分の秘書じゃなくなるってことだ。

そこまで考えてなかった。


たまたま、木戸が口にした、神谷のこの会社の志望理由を聞いた時。

もし、今でも神谷が、それを望んでいるのなら、なんとしてでも叶えてやろうと思った。


だって、そうしたら、神谷は喜ぶ。

きっと、喜んで、笑ってくれる。


開発にひとり動かすくらい、簡単だ、と思いながらも、そうすることで空く、役員秘書というポジションは、なかなか特殊で。

特にこんな会社だと、通常はそれ専用に採用をしないと、適した人材は入ってこない。

その手続きを踏まずに、神谷をいきなり秘書課に入れた当時の人事は、何をやってるんだか、とあきれたら、木戸本人がそれだった。



「向いてるな、とぴんと来ちゃったんですよね」

「まあ、確かに、向いてたのかもしれないけど」



実際、彼女が開発志望だなんて、ヤマトは考えもしなかった。

3年目というのも、改めて聞いて驚いたくらいで、なんだかもう、ベテランだとばかり思っていた。


気の毒に、神谷なりに、いろいろ今のポジションに不満とか、キャリア的な不安とか、あっただろうに。

それをまったく感じさせず、自分の秘書に徹してくれたことに、感謝しつつ、かわいそうになる。


望んだところで、働いてほしい。

誰にだって、それがベストに決まってる。


だけど、そうか。

開発に行くってことは、今までのように、毎日一緒に働けなくなるってことだ。
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