副社長は溺愛御曹司
それは、ちょっと、さみしい。

でもまあ、いいや、とヤマトは軽く考えた。


同じ社内で働いてるんだし、連絡先も知ってるし、どうとだってコンタクトはとれるだろう。


そんなつもりで、採用を進めてもらって。

面接をしては、気が合わなそうとか、ノリがいまいちとか口を出していたら、ついに木戸に締め出され。

ようやく決まったと報告をもらったので、神谷にもそれを伝えたら。


突然、好きだと言われた。



わあ、やった。

そんな気持ちだった。


そんな関係でなくても、変なふうに勘ぐられることの多い、役員と秘書という関係は。

確かに勘ぐられるだけの親密さが自然と生まれ、逆に言えば、そうでなければやっていけない間柄でもある。


神谷の気持ちが、だんだん近づいてきていることは、感じていた。

だけど不思議と、ライン上で足をとめたまま、振り向いてみたり、こちらをうかがってみたり、なかなか踏みこんでこないのが、神谷で。

一度見た、あの男の子が原因なのかと思ったんだけれど、どうやらそうでもないらしく。


ある時、本当にふとした、特にどうということもない、日常的な瞬間に、あっ、とようやくヤマトは確信した。

『入って』きた。



たぶん、神谷はもう、覚えていないだろう。

いつものように、定期便を持ってきてくれた時、ヤマトは執務室で、木戸と話をしていて。

ノックをして入ってきた神谷と入れ違いに、木戸が出ていった。


にこりと笑いかけた木戸に、神谷も礼儀正しく微笑み返して。

だけど、そのあとヤマトに向き直った彼女の顔は、どうしてか、少しだけ、心細さに揺れていた。


その時。

神谷が、ようやく境界線をまたいで、一歩こちらに踏みいれてきたことを、ヤマトは感じたのだった。
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