副社長は溺愛御曹司
「結婚したんだね」
「もう30歳ですから」
先輩は、まだ私の名刺をまじまじ見ながら、そうかあ、と明るくうなずく。
彼が、早希という私の名前だけで、池田という旧姓を思い出してくれたことが、たまらなく嬉しかった。
やっぱり先輩は、優しい人。
秘書さんは、瞬時に状況を理解したらしく、先輩が私の名を呼ぶとすぐに「ご用の際はお呼びください」と微笑んで退室した。
なんて、できる秘書さんだろう。
そして、そんな彼女に、ありがと、と笑いかける先輩は、一流の役員だ。
いろいろな企業に潜入している立場から言わせてもらうと、若い女性社員に対する態度には、役員の器がもろに現れる。
恥ずかしげもなく「この子」呼ばわりする旧式の人や、そうならないようしゃちほこばってしまい、逆によそよそしすぎる人。
明らかに、こいつらできてんな、という空気を漂わせる人も実際いるし、信頼されてないなーと見ただけでわかる人もいる。
ヤマト先輩と、秘書さんは、信頼しあってる。
任せるところと、そうじゃないところを、きっちりお互い区別して、仕事上の信頼関係を上手につくっている。
立場のわりに、若干はにかみ屋で照れ屋すぎるヤマト先輩を、うまく彼女がサポートしているのが、うかがえる。
素敵な先輩は、やっぱり素敵な副社長になったのね、と笑みが漏れた。
「お時間もありませんので、インタビューに移らせていただいても?」
「うん、よろしく」
私はボイスレコーダーのスイッチを入れ、ふたりの間のテーブルに置いた。
「副社長に就任されたのは、昨年の4月ですね、これは、ご自身で、望んで?」
「うん、それまでは、ソフトの事業部長と執行役員を兼ねてて。もうちょっと、掌握の範囲を広げたいと思ったんだよね」
「それは、組織の上に立ちたいと?」
「上っていうか。上でも下でもいいんだけど。とにかく、会社への自分の影響力を、高める必要があったんだ」