副社長は溺愛御曹司
どこを走ってきたんだか、ワイシャツ姿のヤマトさんは少し息を弾ませて、どしたの兄貴、と笑った。



「お前こそ、どしたの、だろ。ひとりで部活動でもしてきたのか」

「ポケットチーフ、ダメにしちまって。買いに出てた」



なんだと?

私がぴくりと反応したのに、延大さんは気がついたらしかった。



「ダメにしたって、また、なんで」

「知らないうちに、紙か何かで切っちゃって、血止めに」



そう言ってひらひらと振ってみせる右手には、もう血こそ出ていないものの、ぱっくりと削いだような傷が、親指のつけ根にあった。



「でも今夜、ちょっとお堅いつきあいあるからさ、挿してないのもみっともないだろ」



そりゃそうだけど、と延大さんが私を気にしながら言う。

私は別に、久良子さんの言葉を思い出していたわけではないんだけれど。


自分の中の、堪忍袋というものの存在を。

初めてこんな、はっきりと意識した。



その袋の緒は、確かにブチンと音を立てて。


切れるのだ。





「ヤマトさん」





立ちあがった私を見て、ん、と返事をしかけたヤマトさんが息をのむ。

その無防備な表情すら頭に来て、私は、あらんかぎりの腹立ちをこめてにらみつけた。

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