副社長は溺愛御曹司
あれ? と、ワイシャツの一枚を確認して気がついた。



「これ、私がお願いしたものじゃ、ないですね」



どちらですか、と優しい顔のおじさまフロントマンは眼鏡を直し、本当だ、と目を見開いた。



「ノブヒロ様のものですね、失礼しました」

「いただいていきます、こちらで渡しておきますから」

「本当ですか、申し訳ありません」



恐縮するフロントさんに手を振り、センターをあとにする。

延大さんが、なんでここにワイシャツを出すんだろう?

彼は常勤でもないし、そもそもオフィスにワイシャツを置いておく必要もないはずだ。

よくわからないながらも、まあ誰かの手間をはぶくに越したことはないと、そのまま持って帰った。







ゴンゴン、とガラスが叩かれる。

私を呼ぶ時に内線を使うことだけは、頑として聞きいれない不思議なヤマトさんだ。

まあ、このくらいは。



「これ、サイン入れたから、よろしく」

「ありがとうございます、拝見します」



私が立ちあがるより先に室内に入ってきたヤマトさんから、書類を受けとる。

とりに参ります、とか言うのも3回に1回くらいにとどめることにした。

この人は、夢中でPCに向かうか、元気に身体を動かしているかの、どちらかでいたいのだ、たぶん。


開発から回ってきた、ごく現場レベルの業務契約書を、指定どおりにサインが入っているか確かめる。

Hで始まる筆記体のサインに、いつも一瞬、誰のサインだっけ、と思う。

そういえば、ヒロカズさんなんだよね。

< 37 / 210 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop