副社長は溺愛御曹司
役員フロアへ戻る途中、少し木戸さんと話していたヤマトさんが追いついてきた。
いろいろと考慮してくれることへのお礼を言うと、ううん、と微笑んで首を振る。
「うちの大事な神谷だもん、このくらい」
当然当然、と機嫌よく言うヤマトさんに、私は複雑な思いだった。
大事って言ってくれるわりに、全然、名残惜しそうでも、ないですね。
そんな、すねた感情がわいた。
「あー、ありがと! カズの奴、ちゃんと見つけてくれたんだ」
「MOって、今どき珍しいですね」
秘書室に寄って、和之さんからの預かり物を渡すと、ヤマトさんはふふっといたずらっぽく微笑んだ。
「これね、親父がまだ開発やってた時代のソースなんだ」
「CEOの!」
そうだ、CEOも元プログラマだ。
今の顧問と学生時代からの友人で、一緒にこの会社をたちあげたと聞いている。
「知ってる? 昔はうち、ゲームソフトなんかもつくってたんだよ」
「社史として、知識はあるくらいです…」
「当時としては画期的なシミュレーションシステムでさ、そのアルゴをつくったのが、親父なんだ」
CEOが、ゲームのアルゴリズムを?
あの厳めしい、ダンディな紳士が?
「気になるだろ。俺としては、プラットフォームを変えて、もう一度そっちの分野に手を出してもいいと思うんだよね」
「じゃあそちらは、参考資料ですか」
「ううん、遊びたいだけ」
音符を飛ばしながら、封筒を持ったヤマトさんが、軽い足取りで自室へ向かう。
その背中を、尊敬の念と共に見送った。
ヤマトさんて、この会社で実現させたいこと、たくさんあるんだな。
そういえば、どうして副社長になろうと思ったのか、聞けていないままだ。