春秋恋語り


今夜の大杉は、昨夜と違う顔をしていた。

薄く透けるブラウスの肩先を隠すように、ストールを軽く羽織っている。

ストッキングのない脚が気になって、僕の目は何度も彼女の足元を泳いでいた。

おばさんからの電話を切ってまもなく、大杉から返事が来た。

『美味しい店、楽しみです』 の文字に小躍りした。



「こんなところにお店があったんですね。前の通りはよく歩くのに、全然気がつかなかった」


「看板も出てないからね。オーナーは隠れ家のような店にしたかったらしいよ。
ほら、向こうに見えるビル、あそこにも最近出来た店があるんだ」


「先輩よく知ってますね。さては相当遊んでますね」


「遊んでるってのはひどいなぁ。飲み会の流れで行ったり、誘われたりだよ」


「いいなぁ。私、地元に帰ってきたのに、どこにも行ってなくて。何にも知らないんです」


「そうか、お父さんの付き添いがあるんだよな」


「入院してたころはそうでしたけど、いまは自宅療養で、たまに顔を見に行くくらいで…… 
この歳になると、一緒に行ってくれる友達も少なくて。みんな子育てが忙しいときですから」


「あっ、そっちか」


「そっちかって、先輩、そんなにハッキリ言わなくても」



先に出てきたサラダのレタスをフォークでつつきながら 「ひどいなぁ、傷つきます」 とこぼす顔が少し怒っている。

大杉のこんな顔、初めて見た。

むくれた頬にえくぼが出来て、突き出した口にレタスを放り込む。

無邪気な表情を見せてくれた彼女に、気持ちがまた一歩寄り添った。



「ごめん、ごめん。じゃ、次は誘うよ。だけど……僕が誘って、誰かが気にしたりしない?」


「誰かがって、彼氏がってことですか?」


「うん……大丈夫?」



上目遣いに大杉の顔色をうかがうと、自嘲気味な笑みを浮かべて手を振っていた。



「そんな人がいたら、どんどん遊びに行ってます。そんなこと聞くなんて、先輩、ホント意地悪ですね」


「いや、あのさ、ちゃんと確認しとかないと、あとで大杉が彼氏に怒られたら困るだろう。そっか、わかった」 


「先輩の方はいいんですか?」


「うん?」


「ユキちゃんと、どうなのかなと思って……田代さんから、まだお返事がないのって、あの子気にしてたから」


「彼女、返事を気にしてた?」



深雪さん側の意向は聞いたのに、まだ何も知らされていない顔をした。



「えぇ。先輩とユキちゃんとのお付き合いがはじまったら、私と会うのはまずいですよね」


「まずくなんかないよ。昨日の様子だと、深雪さんも乗り気じゃなかったみたいだし、僕もそうだけどね。けど、男の方から先に断るのは角が立つだろう」


「おじさんは田代先輩を気に入ったみたいですよ。私も ”田代先輩はオススメです” って宣伝しちゃったけど」



田代さんなら間違いないですって伝えましたと、澄ました顔がこっちを見ている。

やっぱり深雪さんは周囲に勧められたんだな、そうだと思った。

けど、なんで余計なことを言うんだよ、「オススメなんてするなよ」 と言いかけた僕の声に、大杉の声がかぶった。

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