「同じ空の下で…」
…────
消毒液のような、塩素のような、独特の匂いが立ち込めている。
外来用の入り口とは別に用意された、病棟専用の入り口の前で、私は足を止め瞬に問う。
「…私、親族じゃないもんね。…どうしよう?」
「あっ!…ごめん、慌てて来てしまったから…すっかり忘れてた…。そうだ、艶香……バスとか電車で…部屋戻ってるか?」
「…うん、そうだよね。帰るよ。」
「…マジで…ごめん。」
静かに力なく微笑み、私は首を横に振った。
すると、瞬は財布から小銭をかき集めて私の手に握らせた。
「…足りるかどうか分からないけど…」
「いいよ。大丈夫だから。お金ちゃんと持ってるから。」
「本当、申し訳ない…。」
「早く、いかないと…」
「…おう。…また、連絡する。」
「うん。」
小さく頷き、せかすように瞬の背中を押し、その背中を病棟入り口の前で見送った。
外来病棟の前にあるタクシー乗り場の表示の前に立つと、先頭のタクシーのドアがおもむろに開いて、一瞬躊躇うも、そのままそれに乗り込んだ。
「どちらまで?」
その問に自分のアパートの場所を告げ、その場を後にする。
タクシーの車中、左の薬指を眺めながら色々な事を考えてみる。
瞬のプロポーズを受け、自らの身辺整理をこれからやらなければならない事が山積みだった。
まずは…あの人に…告げなければならない。
会社を退職して、日本から離れる事を…────。
今までみたいな曖昧な関係を…ちゃんと断たなければいけない。