不誠実な恋
ナイトテーブルに置かれている目覚まし時計が告げる起床時刻を確認し、アラームを止めるために伸ばした指先に腕時計が微かに触れ、ひやりとしたその感覚に思わず手を引いてブランケットの中へと納め直した。

外は寒そうだし、何より頭痛の治まる気配が無い。
出勤時間を遅くしようか、それとも欠勤してしまおうか。

思案するあたしの上を鍛えられた腕が通り過ぎ、目的の物を握り締めてまた舞い戻って来た。


「美弥の時間は俺のためにあるんよな?」


未だ素肌のままの腕をそっと撫で、その手はちゃっかり腕時計をあたしの左腕に嵌めてしまおうとしている。小憎たらしいことに、鼻歌を歌いながらご機嫌に。

「俺のためにある時間なんやから、俺のことだけ考えて」
「そのつもりだけど」
「嘘つけ。昨日の夜からうちの嫁さんのことばっか考えとるやん。寝とる間も魘されとったで」
「そりゃね、まぁ」
「許さへんで、他のこと考えるなんか。美弥は俺のことだけ考えて生きとったらええねん」

とても嬉しそうな笑顔とは裏腹にその瞳の奥がやけに寂しそうで、一度出しかけた拒絶の言葉をグッと飲み込み黙って言いなりになってやることにした。

優しさだ。
自分勝手の極みみたいなこの男にも、せめて人並みくらいの優しさは与えてやるべきだ。

そう自分に言い聞かせながら。
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