猫 の 帰 る 城



 *



夢のなかでも、彼はわたしに笑いかけてはくれなかった。


その身体を強く抱きしめて、サヨナラのキスを交わして、またねと言って別れる。
頭のなかでは何度も描いた完璧なシナリオを、彼は拒んだ。

自分の意志を、決意を、未来を。
誰よりも理解してくれるだろうと思っていた、彼が。


冷たい言葉は、いまも胸に突き刺さる。

引き留める彼の腕を振り払って、最低なサヨナラをした自分の言葉も、突き刺ささったままだ。


そのまま彼は遠ざかっていく。わたしが傷つけた。

やるせない愛と、怒りと、悲しみと、苦しみと。
すべてが入り混じった彼の最後の顔が、いまもわたしをずたずたにする。


何も出来ない。
手を振り払ったのはわたしなのに、遠ざかる影に、ずっと手を伸ばしている。

彼には届かない。
そのまま遠のいて、きっとこのまま消えて行って、二度と笑ってみせてくれない。



―――小夜子


何度も何度も、わたしの名を呼ぶ。

だけどわたしは、未だに、何の言葉も返せずにいる。






< 109 / 119 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop