猫 の 帰 る 城
柔らかい声の向こうから、車のエンジン音が聞こえてくる。
ときどきゴーッと大きな音がするのは、深夜を走るトラックだろう。
「家にいる。小夜子は」
「駅前の大通り。タクシー捕まえるの面倒くさいから歩いてる」
こんな真冬の、しかも真夜中に。
小さな胸を張って、長い脚で大通りを闊歩する小夜子が浮かんだ。
どうせ彼女のことだ。また下着が見えそうなほど短いスカートを履いているに違いない。
不意に小夜子の声が、一段と低くなる。
「今から行ってもいい」
通話がきれた。
音が乱暴に遮断されて、部屋の静けさが耳に障る。
今日もここで電話が切れた。
小夜子の意図はわかっている。
僕に答える隙を与えさせないためだ。
そのくせいつも質問してくる。
ちょっとだけ気を落ち着かせて、ちょっとだけ低い声で。
僕の答えを待つように、答えを聞くのを拒むように。
僕は通話の切れたそれを机に戻した。
それから資料の山積みされた仕事部屋を抜けて、広く開放的なリビングに入る。
窓は仕事部屋と同じ方角、夜景が見渡せる位置にある。
遠く向こう、ビルの合間に微かだが大通りの明かりが見える。
イルミネーションが施された通りは、この窓の中でひときわ輝いていた。
その光を見つめながら、僕は今日も小夜子を待った。