猫 の 帰 る 城
街に飽きれば、足の裏をじりじりと焦がす砂浜へと出かけていった。
海水浴客の集まるところから少し離れた場所が、僕らのちょっとした隠れ家だった。
僕らは子供に戻ったかのように砂浜を駈け、暑いと言って服を脱ぎ海へ飛び込んだ。
「ヒロトもおいでよ」
灼熱の太陽の下、彼女は真っ赤なワンピースを脱ぎ捨てた。
青い海を背景に、白い身体が浮かび上がる。
こちらに振り向くその姿は、何か一枚の絵画を見ているようで、僕は不思議な気分になった。
そうして下着をつけたまま、勢いよく海へと飛び込んでいく。
水しぶきがあがり、水面から美しい人魚が現れる。
彼女は楽しそうに笑いながら、僕に早く来いという。
「下着濡らして、帰りの電車どうするつもり」
僕の言葉で彼女は自分の身体を見下ろした。
下着はすっかり、海に浸かっている。
しかし彼女は、そんなことはどうでもいいと言った顔で、もう一度僕に早く来いと言った。
「帰りの電車は、ノーパンでいいじゃない」
いいわけなんてないけれど、僕は不覚にもふきだしてしまった。
僕も服を脱ぎ捨てると、勢いよく海に飛び込んだ。
同時に彼女も飛び込み、水中で僕を迎えてくれる。
彼女の腕が伸びてきて、僕の背中に回される。
僕は揺れる彼女の髪をかき分け、水の中に浮かぶ真っ赤な唇にキスをした。
呼吸を止めながらキスをするのは、なんだか不思議な気分だった。
生まれて初めて女の子とキスをしたときのような、息苦しさの中にどうしようもない高揚を秘めていた。
僕たちは夢中でキスをした。
じきに小夜子の息が続かなくなったようだ。
彼女は勢いよく僕を突き飛ばすと、あわてて水中を飛び出た。
僕もそれを追い、二人して水面に顔を浮かばせる。
「死ぬかとおもったわ」
荒く息をしながら、僕をわざとらしく睨んでくる。
僕は手を伸ばし、彼女の額に張り付いた前髪をわけてやった。
小夜子も同じように、僕の髪をかきわけてくれる。
「キスで死ぬなんて、小夜子にはぴったりだ」
「言っとくけど、その時はあなたも道連れだからね。お互いの舌、突っ込んだまま死ぬの」
小夜子はそう言った次の瞬間、僕を思い切り水面に押し倒してきた。
二人して水中に飛び込む。
小夜子がまた唇を押し付けてきた。
容赦なく舌が入ってくる。
充分に酸素を確保する用意がなかった僕は、あっという間に息苦しくなって、絡みつく小夜子の腕を振りほどき水面に飛び出た。
「死ぬかと思った」
水面から出てきた彼女はそんな僕を見て、楽しそうに笑っていた。
真っ青な空の下で笑いはしゃぐ彼女の姿は、とても新鮮だった。
それまでに僕が彼女をみてきたのは、いつも月明かりの下だったからだ。