あふれるほどの愛を君に

「ねぇ」


エレベーターが下降するとすぐに口を開いた彼女。

少し切れ長な瞳がぱっちりと見開かれ、愛らしい表情で僕を見つめてくる。


「なに?」


なんですか? って言わなかったのは、今は“花井さん“ではなく、“サクラさん“なのだと感じたから。

そのことに満足したように柔らかく彼女が微笑って、だけど僕は胸の奥に小さな痛みを覚えた。


「今度の日曜日、ハルの誕生会しよ」

「誕生会?」


聞き返すとサクラさんは、うん!とはずんだ声でこたえた。


「早起きして出かけようよ! レンタカー借りてドライブするの。もちろんあたしが運転するから。
 いい景色を眺めて、美味しいランチを食べて……それから帰ってきて買い物して、ワインも買って夕食作って、それで乾杯しよ?」


なんて可愛いんだろ──

いつもなら素直にそう思える。
いつもなら………でも今は、いや最近は違うんだ。


「土曜は仕事でなくちゃいけなくなりそうなの。でも日曜のこと思って頑張るね!
 あー今から楽しみー」


素直に感じられないのは………どうしてなのかは、ちゃんとわかってる。

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