猫と隠れ家



 でも、こういう街中の出来たばかりのカフェはどんなに雰囲気や味が良くても一年後には閉店してなくなっていることが多い。

 なるべく通おう。少しでも長続きしてもらいたいわ。今度こそ。本気で思った。

 気に入ったカフェがことごとく美々の目の前から消えていくばかりの近年。不景気という名の北風は、どんなに真面目に丹念に精進している料理人達にも、容赦なく凍えさせ吹き飛ばしてしまう。

 それに比べ、夫になろうかという婚約者の男は太陽に愛された男と言うべきか。彼は界隈でも名が知れたレストランのオーナー、青年実業家。店の味は確かにいいし、経営力も抜群だった。それ故に、冷徹なところもある。たまに店に暖かみが消えてしまう時がある。だが美々は思うところあっても、『夫のお仕事』に介入はしないつもり。そこは彼の世界だから。

 それにしても。夫になる男に関してのこの素っ気なさは何故か。出会ったばかりの頃から凛々しくキビキビした物腰で、仕事がデキる男として隙などどこにもない。それほどの男だって分かっているけど、結局今日までひとつもトキメキが襲ってはこなかった。

 ならばどうして婚約かというと――。彼が男としてどうとか最初から美々には関係なかったが『この男なら逆境に強そうだ。ずっと前を向いて仕事が出来る男だ』と感じたから。しかもそう確信が出来たのは単なる勘で『嗅覚』とでも言おうか。

 何故そんな嗅覚が敏感かと言えば。美々の父親こそが『仕事男』だったから。なによりも、美々の父親こそこの街で有名な珈琲会社の社長だった。

 だからなんとなく。物心ついた時から『珈琲や紅茶、カフェ』なんてものが美々に染みついてしまっている。美々も生まれついての珈琲好き、喫茶愛好家だったりする。

 父のように仕事が出来る男。それこそが自分を愛してくれるより、美々が男に求めていたもの。自分のことはどうでも良い。そろそろ三十が見えてきた頃、家業をなんとか継いでくれるならと初めて結婚を考えてみた。『どうせアイツじゃないなら、結婚なんて。それなら損はしない結婚にしよう。愛してもらうより家を守って欲しい』。それが美々の結婚動機。

 

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